mon amour


六道骸の朝はベッドサイドのテーブルに置いてあるチョコレートを食べることから始まる。
クロームがプレゼントしてくれた彼女らしい控えめで可愛らしい細工が施された、骸の持ち物としては少々可憐過ぎるガラス細工の器の中に常備しているお気に入りのショコラティエで買ってきたチョコをぼんやりした頭のまま口にして糖分が脳に行き渡るまでベッドの中でぼんやりする。
そして少し起きた頭を振って二粒目を口にし、同じくテーブルに用意してある水差しからコップ一杯分の水を飲んでようやく覚醒する。
恋人という関係になってしばらくして初めて骸の私室で一夜を共にした朝、それを目の当たりにした綱吉は

「どこのセレブ?!」

そう驚いていた。
確かに人並み程度にしか甘味に興味のない綱吉からしてみれば不思議以外の何でもないのだろう。さらに彼は生粋の日本人だ。そんな習慣があるはずがない。
だから驚いて間抜け面をさらしている彼の口にお気に入りのチョコをお裾分けしてやった。当然、口移しで。

「甘っ……」

そう呟いた彼の顔が何よりも甘かったから、我慢できるはずもなく骸はそのまま綱吉をいただいて、あとからこっぴどく怒られた。「午前中に出なきゃいけない会議があったのにオマエのせいで出れなかったんだからな」と文句を言ってきたあとしばらくは会ってもくれなかったから、ちょっとだけ苦い思い出だ。
だから、それ以後自室に綱吉を呼ぶのは避け、綱吉の部屋に押し掛けるようにしていた。ベッドサイドにチョコがないと朝に起きにくいのは仕方がない。
とにかく、骸は朝にとことん弱い。
逃亡生活をしていた時は常に危険と隣り合わせだったので眠りも浅く、いつでもすぐに完全覚醒の状態で動き出せたというのにある程度の安定した生活を手に入れ、さらに綱吉を手にしたことで精神の安定まで手に入れてしまった頃から、朝に弱くなってしまった。
恐らく、順序的には元々朝には弱かったけれど生きるためにはそうしてられなかったからなのだろうけど、今の自分はどうにもこうにも惰弱だと思う。だけど、起きられないものは起きられない。
そんな骸に綱吉は困ったように笑いながらも、何度も何度も一緒に朝を迎えるうちに慣れてしまったようで朝にココアをいれてくれるようになった。
中学時代はあんなに寝坊をする事が多かった綱吉は、逆に年を取るごとに朝に強くなっていった。

「おっさんになったからかな」

そう笑いながら嘆いていたけれど、恐らく骸と逆の思考が働いているせいなのだろうと骸は思っていた。
昔の安穏とした生活から一転、綱吉は今は数百、数千人の人間の命を預かっている。そして自身は常に命の危機と隣り合って生きている。
骸を隣に置くことで、骸以上に骸の命を気にして、抱え込んで生きている。
相変わらず面倒くさい生き方だなと思うけれど、しょうがない。
骸が愛してしまったのはそういう綱吉なのだから変わられても困ってしまう。
最初はなんでもかんでも抱えようとしていた綱吉も自分の力量を知って、自分の手のひらに収まるだけの身の丈にあった分だけを取捨選択して抱えるようになっている。それを一部を見捨てたと見るか、大人になったと見るかは人による。
捨てた、といってもそれでも骸にいわせてみれば綱吉は小さな身体に見合わないだけ欲張りにものを抱えている。だけど、綱吉はそれでいいのだ。

「僕が最後の最後まで手のひらに残ればなんでもいいんです」

そう思ってしまうのは骸のエゴだろうか。
本人に言った時は死ぬほど嫌そうな顔をされて、たいそう気持ちがよかった。ざまあみろと思った。
――話が反れたが、とにかく骸は朝に弱かった。
自室で目覚めた骸はがさがさとベッドの中で身体を動かし、器用に手探りでガラスの蓋を取り外して中身を一つ取り出して口に含んだ。
口の中にチョコレートの甘さが広がっていく。
それと同時に疑問が浮かぶ。

「……?」

どうも自分が用意したものと、どうも違う味がする気がしてならない。

「?!」

いくら朝に弱いとはいえ、チョコレートの味を骸が間違うはずがない。
まさか何か仕込まれたのかと思って一気に覚醒し、敏捷に身体を跳ね上げさせた。

「おはよー」

飛び起きた骸の視線の先には間抜けな笑顔で手をひらひらと振っている綱吉がベッドの端に腰掛けていた。

「……おはようございます」
「本当に起きがけにチョコ食べてるんだねえ」

ニコニコと笑っている綱吉は昨晩ここには居なかったはずだ。だとしたら骸が寝ている間に忍び込んだことになるが、骸は全くその気配を感じることが出来なかった。
いくら心を許している人間とはいえ、たいした失態だ。

「どう? おいしい?」
「ええ、まあ……」
「日本ショコラティエの新作だから骸もまだ食べたことないだろうって思って」
「は、はあ、確かに初めて食べる味ですが」

ここに綱吉が居る理由も、チョコを仕込まれた理由も分からず骸は頭を傾げた。

「はっぴーばれんたいんー。ちなみに、オレ、今日は一日フリーですよー」

間抜け顔がしてやったりという口調で言う。
ああ、なるほど。
ぼんやりする頭で、そう言えば今日はバレンタインだったなあと思いながら骸はもう一粒器から取り出して口に含んだ。
朝には弱いが、もうしっかりと目が覚めている。

「ハッピーバレンタイン、綱吉くん」

にっこりと笑いながら綱吉に手を伸ばし自分の上に乗りかかるように引き寄せ、そうして貰ったチョコレートを口移しで返してやる。


チョコレートのお返しは甘い甘い、時間。

なんとなくバレンタイン!
(2012/02/14)