恋人たちのクリスマス


「オレ、イチゴのショートケーキが食べたい」

クリスマスどうやって過ごしたいですか、という骸の問い掛けに綱吉が満面の笑みで答えた。
執務室内に微妙な空気が流れる。

イチゴノショートケーキイチゴノショートケーキイチゴノショートケーキ

骸は単語を頭の中で呪詛の言葉のように何度か反芻してみて、ようやくそれが日本でクリスマスシーズンに良く見かけた定番クリスマスケーキに繋がった。
そして困りました、と分りやすく顔に出す。
普段、滅多な事では表情を表に出さない骸がそうするのはパフォーマンスの一種に過ぎない。

「困りましたね。あれは日本特有の文化で、こちらにはないんですよね」
「でも、食べたい」

骸の言葉が終わる前に被せるように綱吉が言う。
その瞳は、据わっていた。
クリスマスなのに、年末なのに、今年も終わるのにいつも以上の激務によって睡眠不足甚だしい状態で「これがかの有名な年末進行ってやつかよ!?」と嘆いていたところにのほほんと現れた骸に対する嫌がらせの気持ちも含んで、綱吉は我が儘を言う。
はぁ、と目の奥に楽しそうな色を浮かべながらわざとため息をつく骸に、相変わらず芝居がかった表情が似合う男だ、と綱吉は眉間に皺を寄せた。

「分りました。善処します。他にご希望は?」
「表参道とか汐留とかお台場とかみたいなイルミネーションがみたい」
「幻覚でよろしければ、善処します」

さらっと微笑みながら骸が答える。
そのくらいは自前の特技で対応出来ると頭の中で綱吉の私室から見える庭をどう飾り立てるか算段する。
綱吉の好みを考慮してあまり華美になりすぎないように色を抑えて……などとシミュレーションを行う。

「あとフライドチキンが食べたい」
「とりの丸焼きでしたら、その辺で手頃な価格で買えるじゃないですか。そもそもクリスマスにわざわざ食べるものじゃないですよ」
「でも、日本では食べるから。出来ればヒゲが生えたおじさんの人形が入り口にあるところの、あれがいい」 「……あの店はイタリアには進出していなかったと思いますが」
「だから、食べたい」

キッパリと言い切った綱吉の言葉に、ついに骸の笑顔が引き攣った。
ひくりと口端があがる。

「イタリアにはありませんが」
「オレ、あれが食べたいなぁ。骸と一緒にあれ食べながら過ごしたいなぁ」

わざとらしいまでに甘える声を出す綱吉を骸は微妙な気持ちで見返した。
相変わらず据わった目は、骸が折れない限り引くことはないと判断し、今度は心の底から素直な気持ちで骸は嘆息した。

「分りました。善処します」
「ホント!?骸、大好き−!」
「その変わり」

骸はビシッと綱吉の顔のすぐ前に指を立てた。

「君があくまで日本流のクリスマスに固執するのであれば」
「あれば?」
「僕も日本流の家族とではなく“恋人と過ごすクリスマス”を希望させていただきます」
「あー……夜はホテルでセックスってやつ?」

10年前からは想像もつかない様子で、全く動じるそぶりも見せず綱吉があっさりと口にする。
思わずガクッと頭を垂らす。
あの頃の可愛らしい綱吉くんはもういないのか……、と骸は若干の郷愁を覚えながらも頷いた。

「オレの希望全部叶えてくれたらいいよ」

綱吉はあっさりと承諾する。

「どうせファミリーのパーティは25日の昼からだから24日の夜からそこまでは骸との時間にしようと思ってたし」

あぁ僕の可愛い綱吉くんは居なくなってしまった!
骸は嘆きつつもしっかりと綱吉に念書を書かせて、背中に哀愁を漂わせながら執務室を後にした。










「本当に用意出来るって思ってなかったよ!」

シャンパン片手にご所望のイチゴの乗ったショートケーキをつつきながら綱吉が笑う。
その向かいに座る骸は端正な顔に色濃い疲労をのせ、わざとらしくチキンにかぶりついた。
がぶり
本人に言った事はないが綱吉は骸が食事をする姿を見るのが好きだった。
骸は綺麗な顔に似つかず、意外とがつがつと食べる。
それは食べ方が汚いという意味ではない。
肉食獣が得物を綺麗に食べ尽くす、そんな雰囲気の骸の食事風景に若干性的なものを感じる……と教えてやったら自分を神聖視している部分のある目の前の男は心底嫌そうな顔をするんだろうなと綱吉は考えながら、ケーキの上のイチゴぱくりと食べた。
それを見て骸が目を細める。

「それどこで買ってきたの?」
「……パリで」
「すげーっ!」

ケーキを食べた後で肉、というのもおかしな話だが気にせず綱吉はチキンに手を伸ばした。
骸がわざわざ飛行機に乗ってまで入手したというそれをありがたくいただく。

「そう!これ!この味!」
「……喜んでいただけて何よりです」

小さい身体に反して綱吉は豪快にぱくぱくとチキンを食べ、嚥下する。
ごくり。喉が動く。

「ケーキはどうしたの?」
「千種にこの時期でもイチゴが手に入る店を探して貰って、クロームに手伝ってもらって作りました」
「……え?」
「ですから。僕が、作りました」

言葉を強調しながら骸が言うと綱吉は目をぱちぱちと瞬かせた。

「骸が?」
「えぇ、僕が」
「作ったの?」
「えぇ、君のために作りました」

一瞬の沈黙。
その直後に綱吉が破顔した。
10年前と変わらない、その底抜けに明るい笑顔に骸の心が暖かくなる。

「なんか、もしかして、オレってすっごい愛されてる?」
「今更何を言ってるんですか?」
「外の幻覚のイルミネーションもすごい綺麗だし、手作りのショートケーキ美味しいし、フライドチキン懐かしいし」

そこで一呼吸置く。

「ちょっと八つ当たりで無理難題振りすぎたと思ったのになぁ」
「八つ当たりしないでください」

あっさりと我が儘を八つ当たりと認めた綱吉の言葉に骸は眉を顰める。
その予想通りの表情にへらりと綱吉は表情を緩めた。

「一つ聞きたいんですが……そもそもなんでこのチョイスだったんですか?」
「あー……日本に居たときに憧れてた、から?」
「憧れてた?」
「こういうベタなクリスマスって一度やってみたいなと思ってたけど、日本に居た時彼女居なかったから結局出来なかったし」
「今も彼女はいませんよね、君」
「ですねー。彼氏はいますけどねー」

軽い口調で綱吉が首肯する。

「まぁ……君は今後も一生彼女とクリスマスを過ごす事はないでしょうけどね」
「うわぁ……嫌味なのか熱烈な愛の告白なのか分らないけどなんかむかつく」
「そんな事より僕は約束を守ったのですから、次は君に僕の約束を守っていただく番ですよ」

いつの間にか立ち上がり綱吉の真横に来ていた骸が、ひょいっと綱吉を椅子から抱き上げる。
あわわ、と慌てた綱吉の手からチキンが落ちる。

「あ、勿体ない」
「黙って」

未練たらしく床を見つめる綱吉を抱えた骸は隣の部屋への扉を蹴り開ける。
行儀正しいとは言えないその行動に苦笑を浮かべながら綱吉は気づく。

「あ、指が油まみれのままだ」
「あーはいはい。後で舐めとってあげますから気にしないでいいですよ」

ベッドに寝かされながら言った綱吉の言葉はおざなりに片付けられ、そのまま骸の唇に塞がれた。
ま、いっか。
端から抵抗するつもりがない綱吉はそのまま骸の背中に手を回した。


油の染み込んだシャツに骸が絶望するのは、12時間後のこと。

(2010/12/26)
我が儘を言う沢田さんが書きたかったのです。イベントものの遅刻は仕様です。