ハロウィンの奇跡・後編


「つっくん、かぼちゃのプリンがたべたいー」

玄関から出ようとしたところでちょうど良いサイズの靴が存在しない事に気がついてしまった骸はとりあえず何も考えず綱吉をひょいっと片腕に座らせそのまま沢田家を後にした。
引きつけを起こしているかのように2階で笑い続けるリボーンの声から一刻も早く逃げたかった、というのが正直なところである。
何も考えず歩き出した骸は「商店街でこの子の靴でも買いましょうかね」と思いつき並盛で一番栄えている商店街へと足を向けた。
適当に見つけた靴屋でオレンジ色の可愛い靴を買い与え履かせた後は、地面に綱吉をおろし自分で歩くように促すと「て」とまた言ってきたので抵抗する気もさらさらなくなっていた骸はそのまま幼い手を大人しく握りしめ、傍目には、仲良く商店街を歩いていた。

「あの店ですか?」
「うん。おいしいんだよー」

何がそんなに面白いのか綱吉はにこにこ笑いながら骸の目をしっかりと見つめて言う。
中学生としては規格外に身長の高い骸と4歳児としては恐らく若干小さめであろう綱吉とが手を繋ごうとするとどうしても無理が生じる。
そのため骸は手を垂直に下ろし、綱吉が一生懸命上に上げる事で若干無理をして手を繋いでいた。
勿論話そうとすると綱吉は顔を不自然な角度まで上げなければならないが、苦しいはずの角度を全く気にする様子もなく、にこにこと笑顔を絶やさない。
子供とは得てしてそんな生き物なのか、綱吉は骸の手をぎゅっと握り締めたまま、キョロキョロと辺りをせわしなく観察し続けている。
そして何かを見つけては逐一骸へと報告してくる。
その姿が可愛くないかと言えば、可愛いと認めざるを得ない。

「あ。」

そんな綱吉の視線があからさまに一箇所に固定される。
なんだ?と骸が綱吉の視線の先を追いかけるとそこには小さな催事スペースが作られていた。
手作りの看板には「青空写真館」と書かれている。

「つっくん、あれがいい!」

あれ、と綱吉はしっかりとその視線の先を指さす。
その場で何が執り行われているかを素早く察知した骸は思わず苦虫を噛み潰した。

「……だめ?」
「……いいですよ」

骸がすっかり弱くなってしまった子犬の瞳で綱吉がお願いすると、骸は観念してあっさりと頷く。
「ありがとぉ」とにっこり微笑んだ綱吉の思わず表情に絆される。
そのまま強引に骸の手を引き率先して歩き出した綱吉の後を大人しく追いかける。
そこには骸の予想通り、ずらっと並んだいわゆる「ハロウィンの仮装服」があった。
つまり、仮装をして写真をどうぞ、そういう催しなのだろうと骸は思った。
声を掛けてくる店主らしき男性に適当に返事をしながら、自分の手を離し夢中でハンガーにかかる服を見ている綱吉の小さい後ろ姿を見ながら「まぁこれも一興か」と苦笑する。

「むくろ!」
「はいはい」

お目当てのモノでも見つけたのか、一箇所から動かなくなった綱吉が一生懸命骸の名前を呼び、手を振る。
骸は思わず綻ぶ顔を引き締め直して近づく。
そして綱吉が指さす一着を見て、首を傾げた。

「綱吉くん。これはどう見ても君にはサイズが合いませんよ?」
「これ、つっくんのじゃない。むくろの」
「……はぁ?」
「つっくんはアレがいい」
「あれは……きっと女児用ですよ」

骸の、と言う一着に突っ込みを入れる前に思わず言ってしまう。
綱吉はきょとんとした表情で首を傾げた。

「じょじ…?あれ、つっくん、きちゃだめなの?」
「うーん……君が構わないならいいんじゃないでしょうか?幸いスカートではないようですし」
「じゃあつっくん、あれにする。むくろはこれね」
「いえ、だから僕はしないですよ」
「……むくろは、あれ」

14歳の綱吉に対しても時々骸が感じる事ではあるが、彼はどこか頑固な部分がある。
普段は意志薄弱でふらふらとすぐに流されてしまうのに、一つ自分で「これ」と決めるとその部分は絶対的に譲らない。
その性格はこんな小さい時から形成されていたのか、と骸は思わず目を見張る。
そうしてしばしぼんやりしている間に二人に近づいて来ていた店主が「お兄さんカッコイイから絶対に似合うね。僕はあれがいいんだね。ズボンになっているから大丈夫だよ」と綱吉が希望した2着を手際よく取出すと骸に手渡し、「更衣室はあっちだよ」とそのまま背中を押して誘導されてしまった。
骸が気がついた時には綱吉と二人、一畳分ほどの広さの簡易スペースに閉じ込められてしまっていた。
ふぅー、と骸は深く長いため息を吐き出した。
その様子を綱吉は大きな茶色い瞳をしっかりと開いて見つめている。

「むくろ、おこった?」
「怒ってませんよ。綱吉くんは自分で着替えられますか?」
「うん、つっくんがんばる!」

勢いよく頷いた綱吉の柔らかい髪の毛を撫でると、骸も手渡された衣服に着替える覚悟を決めた。




数分後。
白々しいほどのカメラマンの褒める言葉を受けて骸はむっつりとした表情を隠しもせずレンズの前に立っていた。
白いシャツに黒い細いリボン、黒いパンツ、黒いマント。
正真正銘ドラキュラのコスプレだ。
骸の足にまとわりつくようにきゃっきゃっとはしゃぐ綱吉は黒のコルセット状のキャミソールに丸いフォルムのショートパンツ、とんがり帽子に黒いマントでオプションに箒まで手にし、完全に魔女っこに変身していた。
骸は本日何度目かになるため息を吐き出した。
疲れた瞳に色濃く浮かぶのは諦めの色だ。

「むくろ、かっこいいねー」
「ありがとうございます……」

写真は残さないといった自分のポリシーも今や骸の中ではどうでもよくなっていた。
ただひたすら「早く終われ」と心の中で呪う勢いで考え続ける。
確かに、目の前ではしゃぐ綱吉は可愛い。それは骸も認める。
自分にはペドフェリアの気はなかったはずだが、と思うがこの場合は確実に「仮装した幼児が可愛い」のではなく「仮装した沢田綱吉が可愛い」というのが最適である。
そこに関しては否定するつもりはないので、骸はただひたすらこの羞恥プレイに耐え続ける。

「ね?ね?つっくん、かっこいい?」
「そうですねぇ綱吉くんはかっこいいというより可愛い、ですね」
「やだぁ!つっくんもかっこいいがいい!」
「おやおや」

思わず顔が綻ぶ。
そこをすかさずカメラに収められなんとも言えない気持ちになったが、そこはグッと我慢する。
早く終れ。
骸は何度も胸の奥でそう願った。




着慣れた制服に腕を通し、所定の料金を手渡し、今この場でプリントアウトしたという写真を台紙に挟んで貰い、更に撮影記録が入っているというCD-Rを受け取った骸は、逃げるように綱吉の手を引いてその場を後にした。
どんな戦いでもこんなに精神をすり減らした事はない、と骸は心の中で盛大に嘆いた。

「たのしかったね!」

骸のそんな心情はまるっと無視して綱吉が興奮のせいで頬を赤くしながら、言う。
そんな楽しそうな綱吉を見ていて悪い気がするはずもなく骸は思わず微笑み返す。
そんな骸の右手には綱吉の左手が握られ、左手には綱吉が食べたいと言った店のケーキやプリンが入った箱が握られている。

「これからどこいくの?」
「僕のうちに行って、一緒にこれを食べましょう」
「うん!」

骸の手を握る綱吉の手の力がぎゅっと増した。




「ふぅ……ようやく寝てくれましたか」

骸のベッドの中ですやすやと小さな寝息を立てながら眠る小さい綱吉を、優しい瞳で見つめた。
今まで触りたくても触れなかった髪の毛にそっと手を伸ばし、優しく髪を梳く。
見た目と違いそれは非常に柔らかい感触を骸の掌に伝える。
14歳の綱吉を幼い幼いと思っていたが、今こうして骸の目の前で安心しきって瞳を閉じている小さい綱吉と比べると充分育っていた事が分かる。
思わず、ぷっくらとした柔らかそうな頬をつつく。
柔らかい感触で、それは骸の指の形に沈みこむ。
思わずつんつんとつつくと、「んーっ」と嫌々をするようにむずがるので起こしてしまったかとどきりとするが、また動きを止めすーすーと規則正しい寝息を立て大人しくなる。
骸の心の中がじわっと染みるように温かくなる。
今日は色々と初めてのことばかりで骸も疲れていた。
騒ぐ子供の面倒を見るのも、ケーキが食べたいと騒ぐ子供を大人しく座らせてご飯を食べさせるのも、ぼろぼろとこぼすのを叱りながらケーキを食べさせるのも、お風呂に入れるのも、寝かしつけるのも、全て当然初めての体験だ。
……薄情な骸の部下達は途中でどこかへ姿を消した。
そういえば。

「綱吉くんの家には子供がたくさんいましたっけね……」

今日の骸の苦労を毎日綱吉は繰り返しているのかと思うと、少し目の前の人物を見直した気分になる。
こんな騒がしく疲れる日々を家で送り、更に学校に行けば行ったで取り巻きたちの騒動に巻き込まれ休まる時がない綱吉に若干の同情を覚える。
勿論、自分のかける迷惑に関してはそのうちにカウントしていない。

「面白い体験が出来ましたよ、ありがとうございます綱吉くん」

そう呟くとまろい頬にちゅっと唇を寄せた。

「ですが、やはり僕は今の君がいいです。早く元の姿に戻ってくださいね」

呟くと綱吉の眠る姿に釣られるように、欠伸をしそのままそっと瞳を閉ざした。




「むくろ……骸……骸!」

近くで綱吉の声が、自分を呼んでいる。
あぁ幸せな夢だ。
骸はぼんやり思い、次の瞬間飛び起きた。

「綱吉くん!?」
「あ、あー……おはよう」
「おはようございま……君、戻ったんですか?」
「あ、はい、おかげさまで、戻りました」
「それは何よりです……っ!?」

何かがおかしい。
骸は必死に考える。
この異常なまでの違和感はなんだろう。
骸は寝起きの頭で必死に考える。
そんな骸の悩む姿を見つつ、綱吉が言いにくそうに口を開いた。

「あの、ですね……落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
「今、この違和感が分かりそうなんで、ちょっと」
「たぶん、オマエ死にたくなるだろうから先に言うけど」
「……なんですか?」
「ごめん!オレ、昨日の事全部覚えてる!」
「昨日の、こと」
「うん、昨日のこと」
「全部、覚えてる……っ!?」

綱吉の言葉を反芻した骸は、意味に思い当たり絶句する。
綱吉が眉を寄せ本当に申し訳なさそうな顔をする。

「正確に言うと、昨日の記憶はあるなんだけど」

パニック状態の骸を宥めるように、言う。

「昨日の行動している時は別にオレの意志はなかったんだけど、戻っても記憶消えてないっていうか」
「つまり!」
「う、うん?」
「昨日僕と過ごした時間の記憶はある、と!?」
「うん」

骸は頭を抱えてベッドに突っ伏した。
そんな骸を見て、綱吉はおたおたとする。

「あ、でも、ほら。全部子供のした事なんで……4歳のオレがご迷惑をかけました!」

土下座せんとばかりの勢いで綱吉が頭を下げる。
骸を怒らせたくない、厄介毎に巻き込まれたくない、と全身の雰囲気が伝える。

「親切にしてくれてありがとうございました!ということでオレ、帰ります……って言いたいんだけど」

ぴくっと伏せている骸の肩が揺れる。
もごもごと非常に言いづらい事を言うのを躊躇している様子で俯く。

「……服がないので貸してくださいっ!」

昨晩寝間着として借りたクロームのTシャツ1枚という姿で街を歩けるほど綱吉は図太い神経もなく、変態でもなかった。
骸に懇願する綱吉の声に骸が「クフフ」と笑う。
突然の声に綱吉の背中につーっと嫌な汗が伝った。

「あの、骸、さん」
「今僕はとても不愉快です」
「あー……でしょうね。だけど、昨日の事は絶対に誰にも言わないから!オレも不可抗力だったし!」

騒ぐ綱吉をぐいっと顔を上げた骸は押し倒す。
突如骸に押し倒された綱吉は目を白黒させる。

「dolcetto o scherzetto」
「は、お菓子なんてないに決まってるだろ!」
「では悪戯、ですね」
「はぁ!?オマエ何言ってるんだよ!」
「悪戯、させていただきますね」
「はぁ!?落ちつけって!」




後日。
勘付いたリボーンに何度問い詰められても、開き直った骸の悪戯がどんなものだったのか顔を真っ赤にしながらも綱吉は決して口を割らなかった。

(2010/11/02)
最後が酷い……ショタツナは書いてて可愛かったです。