ハロウィンの奇跡・前編


「トリックオアトリー……ト?」

勝手知ったる沢田家の2階の窓を開け放ち、年に一度のお決まりの言葉を言いかけた骸は室内に漂う不穏な空気に言葉尻を窄め乗り出していた身をいつでも逃げられるように半身分捻り、とりあえず最低限の安全を確保する。
室内のど真ん中に王様然という様子で佇むリボーンがそんな骸をジロッと見やった。

「ちょうど良い所に来たな、霧の守護者」
「……綱吉くんもいらっしゃらないみたいですし、僕はこれで失礼しますよ」
「ツナならそこにいるぞ」

そこに、とリボーンが言う場所に骸は視線を移動させ……絶句した。

「ほら、菓子の代わりにアレやるから持っていけ」
「……いりません」
「遠慮するなって。オマエのだーいすきな、ツナヨシくんだぞ」

おちょくるようなリボーンの言葉に骸は殺意の色を隠しもせず瞳に滲ませる。
そして一瞬後にはその瞳に滲んだ色を綺麗に隠し、一度そらした場所へと視線を戻す。
やはり見間違いでもなんでもなく、その場にそれは居た。

「綱吉…くん……?」
「……はいっ」

首を傾げながらも元気よく返事をし、手を挙げた子供を骸はマジマジと見つめ、そして諦めるように首を左右に振った。
そのままクルッと回れ右をし、入ってきた時同様出て行こうとする。
その背中に幼い声がかかる。

「おにーちゃんはだぁれ?ぼくはつっくんです」

今の彼からは考えられない程饒舌で快活な言葉が、14歳のものよりも何トーンも高く若干舌っ足らずの声で紡がれる。
その声を無視できる程骸は、彼限定ではあるが、冷徹にはなれなかった。
嫌々という雰囲気を隠しもせず首を回し、室内でニコニコと笑う子供に視線をそっと向ける。
目が合ったと気付いた瞬間、その子はにこぉと大輪の花が開く様に眩しい笑顔を浮かべた。

「おにーちゃんはだぁれ?」
「……骸です」
「むくろ」
「えぇ……それでは、また」

今度こそ出て行こうとした骸の背中に再度子供の声がかかる。

「つっくん、むくろと遊ぶ!」
「っ!?」
「だとよ。ほらほら面倒臭いから早く、とっとと、可及的速やかに連れてけ」

骸を追い立てるように、恐らくひたすら面倒で今すぐ面倒ごとを骸に押しつけたくてたまらないのであろう、リボーンが無責任な事を言う。
その言葉に骸の柳眉が寄る。
そしてしばし思案した後に、渋々言葉をため息と共に吐き出した。

「……これは本当に沢田綱吉なのですか?」
「つっくんはさわだつなよしだよ!」
「君は少し黙っててください」
「うっ」
「おい、ガキ相手に大人気ねーな」
「君は答えなさい」
「はいはい。こいつは正真正銘、ボンゴレ10代目候補の沢田綱吉だ」
「なぜ、こうなった」
「……さぁな」

問い詰める骸からつーっと目線を反らし、リボーンが曖昧な返事をする。
完全に何かを隠匿しようとするその様子に骸の眉尻が上がった。

「……きちんと答えていただけたら、この子を預からない事もない」
「ハロウィンの悪戯用の飴をジャンニーニに作らせて実験で食べさせたら若返っちゃった」

本当はネコ耳がはえる飴のはずだったのにな。

実際の効果も酷いものだが、作ろうとしていたものも相当酷いものだ。
てへっと言い出しそうな雰囲気でウィンクをしながら即答したリボーンに骸は本気の殺意を覚えた。
手をギュッと握り締めて、それをぐっと我慢する。

「……効果は?」
「ジャンニーニの話だと今日1日」

(のはずだぞ。)
リボーンの付け足した心の声が聞こえた気がした骸はギッと睨め付けたあと、嘆息した。

「分かりました……今日一日だけ、彼をお預かりしましょう」
「助かる……ほら、ツナ。あのオニイチャンが遊んでくれるとよ」
「ほんと!?むくろ、あそんでくれるの?」

子犬のような絶対的信頼を寄せたキラキラと輝く瞳をその子、沢田綱吉、が骸へと向けてくる。
骸には全くもって理由が分からないがこれは完全に懐かれている。
会話も碌にしていないし、そもそも骸は子供に好かれるような柔和な雰囲気も人好きされるような顔も持っていない。
何故だろう?と単純に疑問に思った骸が首を傾げるとその心の中を読んだかのようにリボーンがニヤリと悪い笑顔を浮かべた。

「ツナ。オマエ、どうして骸がいいんだ?」
「あのね、むくろのおかおきれいだから!」
「だとよ。良かったな」

綱吉は躊躇せず元気に言い返し、リボーンはニヤニヤ顔をさらに酷くさせる。
骸は密かに頭を抱えた。
綱吉に褒められるのは純粋に、嬉しい。
しかしそれは14歳の彼から言われる言葉であり、今の彼は綱吉であって綱吉ではない。
更に言えば、14歳の綱吉から好意を向けられた事が骸にはなかった。
急に虚しさを覚えた骸は、はぁとため息をついた。

「むくろ?」
「なんでもありません……アルコバレーノ、1日だけ、ですからね」
「おう。オレはその間にもっと早く戻す方法がないか調べてくる」
「分かりました」
「ちなみに今のツナは4歳程度だから。心して接しろよ」
「……分かりました」

綱吉くん、行きますよ。

骸の言葉に綱吉は元気よく返事をして頷くととてとてと危なっかしい足取りで窓際まで近寄ってきた。
そんな綱吉を抱えようとして、骸はふと我に帰った。
この小さい子供を抱えて窓から飛び降りる行為はさすがの骸でも躊躇せざるを得なかった。
数秒の短い思案の末、苦虫を噛み潰した表情でトンッと軽やかに室内へと降り立り手早く靴を脱ぐ。

「行きますよ」

そう言って骸は歩き出すが、綱吉はその場に佇んだまま微動だにしない。
「ツナ、おいてかれるぞ」というリボーンの言葉に肩を震わせつつもジッとその場に立っている。

「綱吉くん?」
「て」
「て?」
「つっくん、て、つなぐ」

意を決したように綱吉が言う。
その言葉に骸は絶句した。
ついに堪えきれなくなったのかリボーンがヒィヒィと変な笑い声をあげた。

「ほら、ツナがそう言ってるんだから手繋いでやれよ」
「くっ……」
「むくろ、いや、なの?」

子供らしい遠慮のなさで綱吉が縋るような眼差しを骸に向ける。
捨てられた子犬のようなその瞳に、骸は本日二度目の白旗をあげた。

「分かりました……ほら」

靴を持っていない方の右手を綱吉にむかい差し出すとぱぁっと綱吉の表情が一気に明るくなった。
彼としては全速力であろうスピードで骸の元へ駆け寄ると何故かそのままぽすんと骸の足に抱きついた。

「ちょ、ちょっと」
「えへへ」

照れた様にほにゃっと顔を綻ばせた綱吉は固まってそのまま差し出されていた骸の手をぎゅーっと握った。
14歳の綱吉の手の感触など勿論知らない骸だが、それとは間違いなく違う小さく柔らかく温かい掌に戸惑う。

「むくろ、いこっ」

茫然自失している骸の顔を下から一生懸命覗き込む綱吉に気付いた骸は慌てて頷きその手を握り締めよろよろと部屋から出て行った。
そんな骸と綱吉の後ろ姿を見守っていたリボーンは隠しもせず、腹を抱えて部屋中を転がり回って、大爆笑する。

「おもしれーっ!あいつらマジおもしれーっ!!」

リボーンの骸のプライドを傷つける発言は、幸か不幸かいっぱいいっぱいになっている骸の耳に届く事はなかった。

(2010/11/01)
ハロウィン………??後編に続きます