「ふへっ、ひ、ヒバリさん?」
久方振りの綱吉との逢瀬。十代のセックスを知ったばかりの子供かと言われようが何だろうが恋人が目の前に居ればする事は一つだけ、小動物を捕食しておこうと肉食獣よろしくマウントポジションをとって一撃必殺の牙を首筋に立てた途端、何度か見たことがある煙が辺りに立ちこめた。
気にせず続けようとした雲雀だったが、腕の中の綱吉が一回り小さくなった気がしてさすがにその違和感に手を止めた。
そして煙が晴れた後に現れたのは遠い昔に愛でていた綱吉の姿だった。
「えっと、ヒバリさん、ですよね?」
「うん」
「お久しぶりです。その節は色々お世話になりました」
「ああ、そう言えばそんな事もあったね」
律儀に挨拶をしてくる綱吉は随分と幼い。
綱吉の事を揶揄して「子供っぽい」だか「幼い」だかと言う事はよくあるが本当にこの綱吉は小さかった。
「あの、大変申し訳ないっていうか聞きにくいんですが、この状況って……?」
「ああ、今から綱吉とセックスしようとしてたんだけど……君、替わりに相手してくれるかい?」
「せ、せ、せっ」
子供らしく、その単語一つで綱吉はどもってしまう。
最近ちょっとやそっとの事では動じなくなってしまった綱吉を見慣れている雲雀としてはとても新鮮だった。
「うん、セックス」
「あの! オレとヒバリさんが、その、あの、せっ、」
「セックス」
「するってどういう事ですか!?」
「言葉のままだけど?」
雲雀の言葉に綱吉は顔を真っ赤にして、口をぱくぱくと開閉する。言葉は出て来ない。大きな瞳は今にも零れ落ちてしまいそうなくらい見開かれている。
「ああ、まだか。そうだったね」
「な、何がですか!?」
「……綱吉は今付き合ってる人はいるの?」
「い、いませんが」
「じゃあ、好きな人は」
「す、好きな人は……」
バカ正直な大きな瞳が雲雀をジッと見つめてくる。子供の視線は真っ直ぐ過ぎて、時折どんな言葉や暴力よりも深い所でざっくりと人を傷つける。本人にその自覚がないぶん、どんな暴力よりも質が悪い。
雲雀の拳なんかよりもよっぽど綱吉の視線の方が危険な武器だった。言葉よりも雄弁な瞳。暴力よりも人を傷つける瞳。
幼くても綱吉は綱吉だ。
「うん、良い瞳だね」
「あ、あの、なんかとても恥ずかしいので……とりあえずベッドでヒバリさんと二人ってのが、もう無理です!!」
「うん。ねえ、キスしてみていい?」
「人の話聞いてますか?!」
「聞いてるけど、僕には関係ないよ」
「大人になってもヒバリさんはヒバリさんなんですね!」
「うん」
雲雀の横暴に恥ずかしさは軽減されたのか、綱吉らしい突っ込みが入る。やはり、これは沢田綱吉だと嬉しくなって雲雀は目を猫の様に細めた。
戻った時に彼に怒られるだろうけど、少しだけ目の前の綱吉に手を出したくなってしまう。
「綱吉、キスさせて」
「うっ」
しっかりと頬を両手で固定させて視線を合わせて言うと、幼い綱吉がなんとも言えない表情を浮かべる。赤くなって、素直に頷くかと思っていた雲雀にしてみればそれは意外な反応だった。
「いくらヒバリさんでも、嫌です」
はっきりときっぱりと言い切る。そこにおどおどした部分は欠片も存在していない。
「オレはオレのヒバリさんがいいです」
「いい顔」
十年前の自分に負けたけれど、気分は悪くない。ふわふわの髪の毛を撫でて、褒めてやると綱吉は居心地が悪そうにもぞもぞと身体を動かす。その周辺には煙が立ち上がり始めていて、この戯れの終わりが近い事を知らせる。
「ヒバリさんは悪い大人になっちゃったんですね」
その言葉が面白くて、雲雀は綱吉を少しばかり苛めてやる事にする。
「ねえ、綱吉」
「な、なんですか?」
「僕が君のことなんて呼んでるか、興味ないかい?」
綱吉の小さな耳がぴくりと動く。
「……ちょっと、あります」
「僕の可愛いベイベー」
耳元で囁くと両眼を見開いた綱吉が何か言いたげにして、そして煙の中に消えていった。
「綱吉?」
「ひーばーりーさん!!」
先ほどまでよりもワントーン下がった、少し怒った時の綱吉の声が煙の中からしたかと思うと手が飛び出てきて雲雀の両手をしっかりと掴んだ。地の底を這う迫力のある声はあの綱吉には出せないし、この握力は雲雀のよく知る綱吉のものに間違いなかった。
「おかえり」
「ただいまです」
根本的に変わっていない綱吉は、どんな状況であれ挨拶をされればきちんと挨拶を返してくる。奈々の教育の賜物だろう。
「じゃなくて! 最後のアレ!」
「ああ」
「ああ、じゃありません! オレあんな呼ばれ方した事ありません!! 全く記憶にありません!!」
「何を言うかと思えば」
「ずるいです! オレも言われたい!」
今度は雲雀があっけにとられる番だった。
「……何言ってるの?」
「オレも! オレにも!」
よっぽど十年前の綱吉の方が大人だったじゃないか、と目の前で我が儘を言う綱吉を見て思う。溜息しか出ない。
「綱吉、」
「十年前のオレに言った事は嘘だったんですか?」
ジトッと厄介な視線が雲雀を見つめる。頑固者の綱吉が一度こうなってしまえば、雲雀が折れるまで平行線を辿り続けるほかない。ちょっとした悪戯心が厄介ごとを引き起こしてしまったようだと後悔しても遅い。
「ヒバリさん!」
「分かったよ。耳の穴かっぽじって聞いてなよ」
「はい!」
瞳をキラキラと輝かせる綱吉の身体を引き寄せ、耳元に口を寄せる。そしていつもよりもゆっくりと、甘くなるように意識して言う。
「綱吉は僕の可愛いベイベーだよ」
ついでに耳に息を吹きかけてやれば、覗き込んだ顔は真っ赤に染まっていた。
あとはこの綱吉を美味しくいただくだけ。
(2011/12/31)
冬コミで無配に載せたお話の没になった話の再利用でした。今年もお世話になりました!!