せっかく貴方のような美人にお誘いいただいて非常に光栄なお話なんですが、大変申し訳ない事に家でオレの帰りを待っている可愛い可愛い子供がいるんです。
ええ、子供です。はい。
結婚? いえ、してません。ご存じの通り、独身ですよ。
隠し子? 認知?
ああ、違いますよ。そんなのではありませんよ。戸籍は綺麗なもんですよ。別にボンゴレの力で綺麗にしたとかではなく、事実上何にもないです。
じゃあ何かって? そう言われましても可愛い、オレが居ないと何も出来ない子供がいるとしか言えませんね。
可愛いですよ。同じ分だけ憎らしくもありますけど、オレにとってはこの上なく可愛い子ですよ。我が儘で、癇癪持ちで、ちょっと妄想癖もあって、困ることもありますけど。
図体もでかいですし、多分オレ以外から見れば可愛くないんでしょうけど、それでもオレにとっては可愛い子供なんです。
ええ、オレの大事な大事なベイべーですよ、彼は。
「誰がベイべーですって」
「ん? なんで知ってるの?」
執務室に侵入してきた骸は開口一番で言った。
それが何を指しているかに綱吉はすぐさま気が着いた。
相変わらず綱吉の知らない不思議な情報網を持っているな、とのんびり思う。
「君はもっと自分の発言の影響力を考えたほうがいい。ボスになって数年経ってますけど、何も学んでないんですか?」
つらつらと辛らつな言葉を並べてはみているが、その顔はどこか気恥ずかしげだ。
なんか珍しく微妙な表情をしているな、と普段は弄られることの方が多い綱吉は思った。
「別にあちらさんが勝手に勘違いしてくれてなかったことにしてくれるんならめっけもんじゃん」
「じゃん、じゃありません。今、君どんな噂が立ってるかご存知ですか?」
「んー、隠し子説辺り?」
「ボンゴレの血を色濃く継いだ沢田綱吉によく似た男児を認知して、現在私邸にて子育て中説ですよ」
「結構想像通りで面白くないね」
綱吉の言葉に骸の柳眉が寄った。
本人に言うと間違いなく怒られるので口にしないようにしているが、綱吉は骸のそんな表情が好きだった。
時々無償に困らせてやりたくて仕方がなくなる。恐らく、甘えるのが下手な綱吉なりの甘え方の一種なのだろうと冷静に自己分析している。
「ボンゴレだけじゃなくてそこら辺のマフィアの皆様一帯にもの凄い勢いで拡散してますよ。ちなみに、日本にも」
「あー……そりゃちょっと困ったね」
イタリアのマフィアの怖いおじさんたちになんて思われていても構わないけど、日本にまで噂が広がるのは好ましくなかった。日本にはマフィアのボスなんかよりも数百倍怖い人がいる。
怖い怖い綱吉の大先輩が。
「雲雀くんも知ってましたよ。『ねえ、綱吉に隠し子がいるって本当?』って」
「うわあああああ」
「おじさん気取りでぬいぐるみ用意するって言ってましたよ。たぶん本気ですよ、彼。ヒバードとロールどっちがいいかって本気で悩んでて不気味でしたよ」
「うわあああああああ、ヒバリさんってどうしてそういう所だけ素直なんだよ!! そこが可愛いけど!」
「で? 僕は雲雀おじさんなんて欲しくないですし、ぬいぐるみだって必要ないですよ」
綱吉に最悪の報告をしてくる骸が不機嫌な表情のまま言う。雲雀に何て言い訳をするかを必死に考えていた綱吉の意識が一瞬にして骸へと戻った。
「あ、バレてた?」
舌を出してへらりと笑った綱吉に、骸の眉間の皺が増える。
「バレてた、じゃありませんよ。あのね、誰が君の帰りを待っている手のかかる子供なんですか?」
「骸」
指さししてキッパリと言ってやるとふーっと深いため息が漏れる。わざとらしいまでに脱力して、呆れた表情。
綱吉は結構骸のこういう表情が好きだ。人間らしくてとても、よい。
「あのね、綱吉くん。雲雀くん以外にはばっればれでしたよ」
「悪い悪い。だって骸、いつもオレの帰り待ってるじゃん」
「だからってね、お見合いの場で断り文句に普通出しますか?」
「男の恋人がいて、実はそいつは守護者で、とかよりは穏便に済むんじゃないかなあって思って」
「……相変わらず浅はかですね」
「へへへ」
相変わらずへらりと笑う綱吉に近づいてきた骸がその頭を軽く小突く。「いてっ」と言いながらも綱吉は嬉しそうに笑った。
「何笑ってるんですか?」
「骸くん、ほーらパパだよ。甘えていいよ?」
「バカですか?」
両手を広げた綱吉を一瞥すると骸はソファの方へと戻っていく。綱吉も面倒臭い読みかけの書類を放棄してあとに続き、憮然とした面持ちで座った骸の横に腰を下ろして肩に頭を預けると、少しだけ刺々しい雰囲気が緩和された。そのことに、綱吉は安堵する。
「君はもっと自分の立場をわきまえたほうがいい」
「うん」
「自分の言葉の持つ影響力をきちんと把握しなさい」
「うん」
預けていた頭を動かし、骸の肩に顔を埋める。その姿勢のまま深呼吸をすれば胸一杯に久しぶりに嗅ぐ骸の香りが広がった。
「久しぶりー」
「まったく、どっちが子供ですか」
口調はすっかりいつものそれになっている。それに安心して思う存分骸に擦り寄り、甘える。ここまで素直に甘えるのは我ながら珍しいと思いながらも、久しぶりの骸を堪能する。
「まったく。本当にマフィアのボスには見えませんね」
「うん、マフィアなんてやだもーん」
「パパなんじゃなかったんですか?」
「骸に拒否されたからパパは終わり」
抱きついてくる綱吉の髪の毛を骸が優しく撫でてくれるので、綱吉は調子にのって喉を鳴らす猫のように骸に擦り寄る。落ち着く、嗅ぎ慣れた骸の匂いと、心地良い手のひらの感触に眼を細める。
「子供なんだか、猫なんだか」
「にゃー」
間髪入れずに下手くそな猫の物まねをすると撫でていたのと同じ手で小突かれた。
「君、本当にどうしたんですか? 珍しい」
「冬は寒いから人恋しくなるんですよー」
懲りずに擦り寄ったあと、ごろんと骸の膝の上に転がる。
「いつもそのくらい素直だったら可愛いんですけどね」
「でも、そんな甘えるだけの奴なんてやだろ?」
「まあね」
骸の細くてしなやかな指先が綱吉の頬を優しく撫でる。心地良いその手に綱吉が手を重ねると、空いている方の手が綱吉の手を持ち上げた。
「がさがさ」
「働くお父さんの手だからね」
「お手入れくらいしなさい。ささくれ立っちゃってるじゃないですか」
「面倒なんだよー」
「今度クロームにハンドクリーム用意させます」
だから今はこれで我慢してください。
綱吉の指先を熱くぬるっとした物が這う。性的なものは含まれていないはずなのに、一本一本舐められると段々身体の芯が熱くなってくる。
「むく、ろ」
「はい、終わり」
綱吉がどういう状態になっているかをきちんと把握した上で、意地悪な骸が言う。言葉と同時に綱吉を追い立てていた舌先も離れていく。
「むくろ」
「おや? 唇も荒れてるじゃないですか」
意地悪に骸の瞳が歪む。にやにやと唇の端があがる。
悔しいけれどそんな所も好きだし、今はどうしようもなくキスが欲しくてたまらないので綱吉は意地を張らずに素直に骸にお願いする。骸を、乞う。
「リップクリームなんてないから、骸どうにかしてよ」
「子供に頼んじゃうんですか?」
「そうだよ。お仕事頑張ってるパパが帰ってきたらお帰りのちゅうが必要だよ、オレのベイべーちゃん」
「まあ、ぎりぎり及第点あげなくもないですよ」
あっさりと誘いに乗ってみせた骸はそのまま綱吉の唇を塞ぐ。軽い、バードキスを一回。唇を離して、かさつく唇を舌で丁寧になぞった後にもう一回。
「子供のおしゃぶり変わりになるパパってどうなんでしょうかね」
骸の揶揄の言葉に綱吉が反論する前にもう一度、唇を重ねた。
呼吸も奪うようなキスに冬の寒さも、寂しさも忘れて綱吉は身を委ねた。
触れられたのならグッとグッとくるラブリーベイベー!!
(2011/12/31)
冬コミで無配に載せたお話の没になった話の再利用でした。多分、掲載のより甘いですw
今年もお世話になりました!!