アンダンテ おまけの後日談


「そういえば最近忙しそうだけど何かしているの?」

図々しくもヒバリさんの家の食卓で、草壁さんが作ってくれた夕飯をご相伴させて貰っていたオレにヒバリさんが訊ねた。
ヒバリさんは食べる姿も綺麗だ。お手本のように正しい箸の持ち方で、綺麗にご飯を口に運ぶ。この人に食べられ、咀嚼され、血肉になるのであれば食物たちも本望だろう。そんなバカみたいな考えが頭に浮かんだ。

「大学はもう卒業するだけだよね?」
「あ、はい。骸の店の開店準備を」

手伝っているんです。
という言葉は続ける事が出来なかった。目の前の鬼神が怖くて。訂正。鬼神のごとく顔を強張らせたヒバリさんが心底恐ろしくて。
ごくり。と唾を嚥下する音が異常に響いて聞こえる。

「今、なんて?」
「えっと、なので……骸の店でバイトしているので開店準備を……!危ないじゃないですか!行儀悪いですよ!!」

オレの言葉の途中でヒバリさんが箸を投げてきた。いつも礼儀作法にうるさいヒバリさんらしくない暴挙に声を荒げる。

「刺さったらどうするつもりですか!」
「君こそどういうつもりなの?」
「何がですか?」
「どうして六道の所でバイトなんてしてるのかって聞いているんだよ」

人を殺めんとせんばかりな放送コードぎりぎりの凶悪顔でヒバリさんが言う。怖い。めちゃくちゃに、怖い。

「だって!人手がなくて困ってるっていうし、オレ結局就職先決まらなくてこのままじゃニートまっしぐらだから、ぶっちゃけ給料が良いあいつの店は魅力的だったんです!何より店長が骸だから楽ちんだし!」
「じゃあ、倍出すからうちで働きなよ!」
「何言ってるん……はぁ?」

売り言葉に買い言葉なヒバリさんの言葉に思わず口を開けたままぽかーんとなって、手にしていた箸がぽろりとテーブルに転がった。

「は、はい?ヒバリさん?」
「だから、そんなに働き口が欲しいならうちにおいでよ」

一瞬「うちにおいでよ」という言葉が嫁においでと言われているかと思ってしまいばっと顔が赤くなる。

「で、でも急に辞めたら骸に迷惑がかかりますし」
「六道の顔と口があれば十分後には新しい人が見つかるから心配無用だよ」

もっともな事を言うので思わず頷いてしまう。

「いや、でも一度やるって言ったのに急に放り出すのはよくないと思います!」

それでも一度やると約束した手前骸を裏切るような事も申し訳なくて反論する。ぎろりと切れ長の瞳がオレを見据える。

「……制服」
「へっ?」
「六道が選んだ制服、見せて」

持ってるんでしょ?と言うので頷いて、足下に置いておいたバッグからさっきまで使用していたエプロンを取出して広げて見せる。それはなんの変哲もない、若干二十歳を超えた男がするには可愛すぎる気がしないでもないが、センスの良いシンプルなエプロンだった。……若干フリルが気になる気がしないでもない。

「やっぱり、あの変態」
「はい?」
「なんでもないよ。僕も一緒に説明に行くから、とにかくバイトは終わりにしなよ」

あまりにも一方的に言い切るヒバリさんの理不尽さにオレの中の何かがキレた。

「バイトは辞めません!ヒバリさんが分ってくれるまでここには遊びにきません!ごちそう様でした!」

そう言い捨てるとヒバリさんの手から制服を取り返し、バッグに押し込んで逃げるようにその場を後にした。





冷静に考えるとなんて恐ろしい事をしたんだろう。
そのままヒバリさんの家の向かいに店舗兼自宅を構える骸の所に逃げ込んだオレは事の成り行きを骸に説明しつつ、だんだん自分のしでかした事の重大さに気づいて顔を青ざめた。

「やっちゃいましたねえ」

どこか楽しそうに言う骸がむかついて、長い足を蹴る。そもそもの原因はオマエだ。

「それにしても……雲雀くんは本当に僕の事を敵視しているというか、恥ずかしい嫉妬というか。余裕ゼロで面白いですねえ」

完全に他人事で楽しんでいる骸を睨むが余裕の表情を返された。

「まさかこんな雲雀くんが見れる日がくるなんてね。面白いもの見せてくれたお礼に仲直りのお手伝いはしますよ」
「骸、ありがと!」
「いえいえ。……ってことで雲雀くん、入ってきていいですよ」

びくり、と肩が揺れた。

「え?」
「やっぱり気づいてませんでしたか。雲雀くん、お迎えにきてますよ?」

骸がにやりと悪役の俳優のように悪い笑みを浮かべる。それと同時に店の扉が開き、若干罰の悪そうな表情のヒバリさんが渋々入ってきた。
ちらりと様子を窺うとばっちり視線があって、慌てて逸らした。今回のことは全面的にヒバリさんが悪いと思っている反面、覇気のないヒバリさんを見るのはオレが嫌だった。
馬鹿馬鹿しい。早く仲直りをしよう。そう思う。

「綱吉くんから聞きました。雲雀くんの了解も得ずに綱吉くんをお借りしてしまってすみませんでした」
「別に綱吉は僕の所有物じゃないし」
「そうですか?まあ、改めてお願いさせていただきますが、綱吉くんは店員としてどうしても必要なのでせめて店の経営が軌道に乗って従業員を増やせるくらいの余裕が生まれるまでバイトの許可をください」
「お、オレからもお願いします!」

骸の言葉に被せてオレも言う。……何をこんなに骸の事で必死になっているのか途中から分らなくなってきた訳だが、とりあえず現状打破のためにオレも必死だ。

「店での仕事以外でしたら雲雀くんの提示する条件を飲みましょう」
「お願いします!」

オレは視線を合わせられないまま、ぺこりと頭を下げた。視線の先にヒバリさんのサンダルを履いた足が見えた。いつも完璧にしているヒバリさんらしくない履き物に、あれ?と首を傾げる。

「……僕も大人気なかった、と思う。いいよ。六道の手伝いをしてあげなよ」
「ありがとうございます」
「ほ、本当ですか?」
「うん。ただし」

ヒバリさんは畏まった顔で居住まいを整えると何個かの条件を提示した。


「……何へらへらしてるの?」
「だって!ヒバリさんがあんなにオレの事好きで居てくれてるなんて嬉しい誤算というか」

オレの浮かれた言葉にヒバリさんは鼻を鳴らした。ちょっと悲しいぞ、オレの空回りみたいで。
ヒバリさんが骸に対して提示したのは三点。

『緊急事態以外は居住空間へ招き入れないこと』
『帰宅が22時を過ぎる場合は僕に連絡を入れて車で帰宅すること』
『雲雀屋が休みの日は必ずバイトを休みとすること』

これでへらへらするなという方が難しい。
意外と狭量で、嫉妬深いというヒバリさんの新しい一面が見れたオレはご機嫌だったが、骸の前で失態、と少なくともヒバリさんは思っているらしい、を演じた事にヒバリさんはご機嫌斜めだった。
そんなヒバリさんがふと思い出したように、言った。

「そうだ。うちの制服も綱吉用にちょっと改良してあげるからね」

にやりと笑ったヒバリさんを見て、やっぱりヒバリさんと骸は本人達がどんなに嫌がっても似たもの同士なんだよなと、気づかれない様に嘆息した。

蛇足が大好きです
(2011/03/05)