アンダンテ 2


二人との出会いは今から二〇年ほど前に遡る。

最初に出会ったのはヒバリさん。
父さんが並盛の住宅街に一戸建てを購入して、オレの記憶にはないその前に住んでいたどこか遠い街からここに引っ越してきた。今も変わらず家にいない事の方が多い父さんはその頃から居ないことの方が当たり前で、オレは母さんと二人家族の様に過ごしていた。母さん大好きっ子で、恥ずかしいくらい甘えん坊で、人見知りが激しくていつでも母さんの影に隠れているような子だった。勿論その当時の記憶がある訳ではなく全て後から繰り返し母さんに話を聞かされて覚えた記憶だけど。
そんな人見知りのオレを連れて、引っ越したばかりで勝手の分らない並盛で一番賑わっている商店街でを買い物していた母さんの目に入ってきた立派な日本家屋の店構えの和菓子屋。なんとなく気になって入った店内には和菓子屋の定番商品から、お茶菓子用の細かい細工の食べるのが勿体ない宝石のような練り菓子までショーケースに所狭しと並んでいて、その記憶だけはオレの中にも克明に残っている。

「ツッくん、好きなのを選んでいいわよ」

母さんの声にオレは食いつくようにケースの中の宝石を見つめていた。ケーキは見たことがあったが、和菓子というのを見るのはこの時が初めてでとにかくその綺麗さに夢中になっていた。

「いらっしゃいませ」

ケースの内側から綺麗な女の人が母さんに笑いかけた。人当たりの良い母さんはそのままその女の人と世間話を始める。いつもの事なのでオレは特に気にせず和菓子を見つめ続けていた。
そしてふと今まで感じた事のない刺すような視線を感じてキョロキョロと辺りを見渡して―真っ黒な瞳とぶつかった。
ケース越しにオレを真っ直ぐに見つめる漆黒の瞳。同じくらいの年なのにその視線のあまりの鋭さにオレはそれまでの楽しい気持ちをすっかり忘れて、怯えて、母さんの足に縋り付いた。

「あら、ツッくんどうしたの?」

突然のオレの行動に母さんが笑いながら頭を撫でてくれる。その感触に少しだけ安心したオレは、恐る恐るケースの中を指さした。オレの言いたい事に先に気がついたのは、母さんと話していた女性だった。

「あら……恭弥?店に用事でもあるの?」

恭弥、とその男の子に声をかける。

「……別に」

恭弥と呼ばれた男の子はオレと比べたら低い声でぼそっと答える。興味がないような口調だけど、その瞳はオレだけを見ていて……怖かった。

「恭弥。可哀想に怯えちゃってるじゃない。あなた目つき悪いんだから気をつけなさい」

すっかり怯えてしまったオレを見て、その女性は笑う。そしてショーケースの中からその子を引っ張り出すとオレの目の前まで連れてきて言った。

「この店の看板息子の雲雀恭弥、四歳。同い年くらいかしら?よろしくね」
「うちの息子の沢田綱吉、三歳です。恭弥くんの方が一つお兄さんなのね。よろしくお願いします」

母親同士のそんな話は耳に入って来なかった。
より至近距離で揺らぎなく真っ直ぐに見つめてくる瞳がただただ……怖かった。
男の子が無言でぐいっと手を差し出してきても、凍り付いたオレはそれを握り返すことが出来なかった。そもそもその手が握手を求めていると気付く事も出来なかった。
それくらい、子供らしさの欠片もなく綺麗にまとまった顔と、その中で一番存在感があるどこまでも純粋に黒くて、真っ黒で、真っ直ぐな切れ長な瞳が怖かった。
純度が高くて綺麗過ぎるものは、怖い。



骸との出会いはその一年後だった。
その頃には最初怯えていたのが嘘のように、人見知りのオレはヒバリさんにだけはよく懐いていた。お菓子をくれるから良い人、と思っていた事は否定出来ない。未だに「すっかり餌付けされてましたよねぇ」と骸に笑われる。
そんなある日、いつものようにヒバリさんの家に遊びに行こうとしたオレは隣の空き屋の前にトラックが止っている事に気がついた。ぼんやりとそれを見ていたオレに背後から声がかかる。

「おとなりさん、でしょうか?」

オレが家から出て来た所を見ていたのかそんな風に話しかけられた。驚いて振り向いたオレは更に驚いた。ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
最初、絵本の中から抜け出してきた王子様が立っているのかと思った。赤と青の色違いのガラス玉の様な綺麗な瞳が真っ直ぐオレを見ていた。

「……おうじさま?」
「ちがいますよ。はじめまして、きょうからここにひっこしてきたろくどうむくろです」

ヒバリさんも充分綺麗で整った顔をしていると思っていたけど骸と名乗る男の子はヒバリさんとはまた違った綺麗さを持っていた。鋭利な冷たい綺麗さを持ったヒバリさんと、柔らかく暖かい、実は一部誤解だと言うことは後から知るわけだが、綺麗さを持った目の前の男の子。

「つっくん、です……」
「つっくん?ほんとうのおなまえは?」
「さわだつなよし、です」
「つなよしくんですね。よろしくおねがいします、つなよしくん」

ニッコリと笑いながら差し出された手をオレは無意識に握り替えしていた。オレよりも、ヒバリさんのよりも大きくて暖かい掌だった。
……そんな骸との出会いをその後遊びに行って会ったヒバリさんに興奮しながら報告したら、容赦なく殴られた。
子供心に理不尽だと思った。畜生。



その後なんだかんだでヒバリさんと骸もオレを介して知り合って、同じ学校で更に同い年だった事もあっていつの間にか腐れ縁状態になっていた。
そうして気付いてみれば三人とも二十歳を超えて、それぞれの道を歩み出していた。
ヒバリさんは、予定通り高校卒業後、家業の和菓子屋をしっかり継いだ。今ではすっかり近所の奥様方に人気の和服の似合うと有名な和菓子屋の若旦那だ。―和菓子屋に若旦那という言い方があるのか分らないけど。とりあえずヒバリさん目当てで若い女性客が増えた事をオレは知ってる。
骸は勉強が出来るんだから大学へ行くんだろうというオレや周囲の予想と期待に背いて、何故か高校卒業と同時にイタリアへ渡ってパティシエになった。詳しいことは分らないけどショコラティエというチョコレート専門の人らしい。確かに小さい頃からオレやヒバリさんが和菓子に飽きたと嘆くとフライパン片手にホットケーキを焼いてくれていたけど、まさかそれを仕事にしようとしていただなんて思っても見なかった。
そして……オレはなんとなく受けてみてうっかり受かった可もなく不可もない大学に通いながら、親の臑をかじって生きている。来年には就職しないといけないのに、未だ真面目に就職活動もせずふわふわと大学生生活をぼんやりと謳歌していた。





「綱吉、着いたよ」

ヒバリさんの声で我に返る。きょろきょろと周りを見れば、車の窓から見える景色は空港からいつの間にか自宅前へと変わっていた。

「ありがとうございます。一段落したら、雲雀くんの家に行っていいですか?」
「敵状視察?」
「まさか。単純に雲雀屋の和菓子が久しぶりに食べたいだけですよ」
「ここで待ってようか?」
「いえ、荷物下ろしたり奈々さんに挨拶したりとそれなりに時間がかかると思いますから大丈夫です」
「そう」

骸は笑いながら、後部座席から降りる。

「綱吉はどうするの?」
「あっ……母さんが骸の事待ってるんで一緒に降りて…、あとでオレもお邪魔していいですか?」
「ダメな理由はないよ。じゃあ待ってるから六道と一緒においで」
「はいっ」

久しぶりにヒバリさんとまともに会話を交わし、更に家に遊びに行く口実を得たオレは顔がにやけるのを止める事が出来ない。
にやける顔をヒバリさんから隠すように助手席から勢いよく降りてぺこりと頭を下げる。

「……綱吉」
「へっ?」

ヒバリさんに名前を呼ばれて慌てて顔を上げるが、ヒバリさんは「……なんでもない。あとでね」と一言呟いてオレを見ていた視線を前へと戻してしまった。
視線が自分からそれた事がなんだかとても悲しくて仕方ない。

「綱吉くん、手伝っていただけますか?」

そんなオレの気持ちを遮るように、骸の声が車の後方からしたのでオレは慌てて駆け寄る。骸を手伝ってトランクから荷物を取出していたら強い視線を感じた。

「……?」

顔をあげるとバックミラー越しにこちらを凝視しているヒバリさんの黒い強い瞳とぶつかった。
あまりの視線の強さに思わず呼吸が、止る。

「え…?」
「綱吉くん?どうしましたか?」

骸に声を掛けられて目線を一瞬離した隙に、ヒバリさんの視線はオレの都合の良い幻だったかのように消えていた。
最初からこっちなんて見ていません。そんな感情の読めない表情で運転席に綺麗に収まっている。

「それじゃあ雲雀くん、またあとで」
「ああ」

短く返事をするとヒバリさんは後ろも見ることなく車を発進させる。去っていく車をぼんやりと見送るオレを見て骸は思うところがあったのか大きな掌で頭をぽんぽんと撫でた。懐かしい暖かい掌に一瞬昔のことを思い出した。泣き虫で意気地なしだったオレが泣くと必ずヒバリさんと骸が隣にいて、オレのよりも大きいけど大人よりは小さい子供の掌で泣き止むまで頭をなで続けてくれていた、そんな昔を。

「そんな捨てられた子犬みたいな顔でみない」
「だって……」
「てっきり僕がいない間にくっつくもんだと思っていましたよ。あの雲雀恭弥が何をもたもたとしているんでしょうかねえ」

ふぅ、と大げさなため息が頭の上でしたので見上げると骸の瞳とぶつかった。

「だって、オレ、ヒバリさんに嫌われてるから……」
「それ。前から疑問だったんですが、何を根拠に言ってるんですか?」
「だって!ヒバリさん高校生になったら急にオレの事避けるようになって……それから全然それまでみたいに話してくれなくなったから……」
「あぁ、それは」

自分で言っておいてその絶望的な状況に悲しくなったオレは、言葉尻が萎んでいく。久しぶりにヒバリさんと話せた喜びも同時にしわしわと消えて行く。

「そもそもさ、あれだけ女にもてる人が男に好かれても嬉しくないっていうか、オレに好かれても困るっていうか……それは分かる、から」

自分の言葉にどんどん悲しみが膨らむ。
ふぅ、と二度目のため息が頭上からした。頭の上に置いたままだった手がオレの髪の毛をぐしゃりと掻き回す。

「綱吉くん、賭けをしましょう」
「賭け?」
「えぇ、賭けです」

オレを見下ろす骸の綺麗な瞳の奥を真意を探ろうと一生懸命見つめる。心の内側を滅多な事で見せない骸はやっぱり簡単には内心を読ませない目でオレを見ていた。

「あとで雲雀くんの所に行った時に、僕が何をしても僕に従ってください」
「はっ?」
「君はいつも通りで構いません。僕が綱吉くんに対していつもと違う態度をとっても驚かずに話を合わせてください。きちんと後から彼には説明しますし、特に綱吉くんが損する事はありませんよ」

骸が詐欺師のようにすらすらと言葉を綴る。昔からいつも骸の口先にまんまと乗せられてしまうオレは、深く考えず催眠術にでも掛かったかのように気付けばこくんと頷いていた。そもそもこれは賭けとして成立していないという事にも気付かず。
骸が、ふわりと笑った。とっても綺麗な微笑みで思わずオレも無意識に笑い返していた。

骸を書くのが楽しくてしかたなかったのです
(2011/03/05)