釣った魚に餌をやる


バタンバタン

骸は躊躇なく開けた扉を、同じ勢いで閉めた。
そして目をこすりながらキョロキョロと辺りを見回し、自分が立っているのが訪問すべき部屋で間違っていない事を確認する。
この部屋で間違いない。
そう認識した瞬間、骸の脳内でプツリと何かが切れる音がした。

「浮気ですか、沢田綱吉!」
「はぁ!?」

「今、扉が開いた気がするよね?」「そうですねー。そんな気もしないではなかったですねー」そんな会話を交わしていた二人が室内に飛び込んで来た骸を見やった。
綱吉は突然の言葉にぽかーんと口を開けて呆ける。
そしてもう一人の人間は骸を一瞥すると興味なさ気に「うるさいのがきましたねー。気にしないでおきましょー」と綱吉に声を掛けながら、差し出されたままになっている綱吉の手からパクリとチョコレートを食べた。

「フランっ!」

それを見咎めた骸が室内にいたもう一人の人間、フラン、を叱責する。
全く気にした様子もなく「ししょー何しにきたんですかー?」と一言呟き、「ボンゴレー、チョコくださいー」と雛鳥よろしく口を開けた。
それに対し条件反射的に「あ、うん」と綱吉はチョコレートを一粒フランの口の中に入れてあげてやった。

「沢田綱吉っ!!」
「は、はい!」

びくりと如実に身体を震わせて綱吉が動きを止める。
声を張り上げた骸はそのままずんずんと大股で二人の座るソファまで近づきひょいっと猫の子を持ち上げるようにフランの襟首を引っ掴み、ぽいっとソファの下に投げ捨てた。
されるがままにごろりと床に転がったフランはわざとらしく「無駄な暴力反対でーす」と非難の声を上げる。

「……フラン、君はここで何をしているんですか?」
「ボンゴレにお菓子を恵んで貰ってましたー」
「そうそう、そうなんだよ!さっき外に出ようと思ったら廊下にフランが行き倒れててさ。『お腹が空いて力が出ません−』って言うから保護してエネルギーになる物をあげてたんだ」
「ですー」
「本当にびっくりしたよ」

綱吉の言葉にフランは床の上に正座しながら「うんうん」と頷いている。
「ちゃんとお小遣いあげなきゃだめだよ」と言葉を続けている綱吉に、骸がムッと顔を顰めた。

「そもそも今の彼の直属の上司はヴァリアーです。お給料が足りないというのであれば、ザンザスにでも言ってください」
「……オマエの所の子だろ?」
「ミーはいらない子なんですよー。捨てられた可哀想な子なんです−」

「だからボンゴレの所で貰ってくださーい」と目をうるうるさせながら胸の前で腕を組んで、小動物よろしく嘘泣きの潤んだ瞳で綱吉を見上げるフランの頭をぐさりと骸の三叉槍が突き刺した。
ぎょっとした綱吉を尻目に、フランは無表情のまま視線を骸に向け舌打ちをする。
骸はそのどちらも無視して、綱吉の隣に腰をかけた。

「ところで、沢田綱吉。今日が何の日だか分りますよね?」
「え?ああ、バレンタイン?」
「そうです。仕方ないのでチョコレートを貰って差し上げますよ」

仕方ない、という言葉とは裏腹に期待に満ちた目で骸が綱吉を見つめて手を差し出した。
綱吉はリボーンの言いつけを守り「ボンゴレ式バレンタイン」と題して渡伊した年から毎年の恒例行事として守護者にチョコレートをプレゼントしていた。
リボーンに言わせると「モチベーションがあがる」とのことだが、どの辺りでモチベーションを上げることが出来るのかはやはり綱吉の理解の範疇をどこまでもオーバーしていた。
綱吉には男から男が貰って何が嬉しいのかちっとも理解出来ないが、守護者の面々はそれぞれ嬉しそうにチョコレートを受け取り、嬉しそうにホワイトデーに豪華なプレゼントを返してくれるので円滑な人間関係を築く上では充分に機能していると割り切って考えていた。
あまりボンゴレの本部に居着かない骸ではあるが律儀に毎年バレンタインには顔を出し、綱吉にチョコレートをせびるのが毎年恒例の行事になっている。
さすがチョコレートが好きな骸らしいな、と綱吉は深く考えずに受け止めていた。
そんな骸にわざわざご足労していただいた所非常に申し訳ない事態が発生している事を思い出した綱吉は、「あっ」と口を開け視線をそっと骸から反らした。

「どうしたんですが、沢田綱吉?」
「えっと、チョコレートが大好きな六道さんには非常に言いにくいのですが……」
「何ですか?」
「えーっと……」
「ミーが食べちゃいました−。師匠、すみませーん」

床に座り込んだカエル頭がこてんと首を傾げながらお茶目に言い切ると同時に、骸が切れて立ち上がった。

「フランっ!」
「だってー、お腹が空いちゃったんですもーん。この部屋他に食べ物ないってボンゴレが言っていましたしー」
「クフフ……フラン、ちょっとあっちでお話しましょうか?」
「ちょ、骸!チョコレートくらい今度また用意するから!」

バカにした様な目で骸を見上げるフランと、この世の全てを憎むかのような目でフランを見下ろす骸との間の異常なまでの殺気だった雰囲気を危険に思った綱吉が強引に間に入って骸を諫める。
綱吉に免じて無茶な約束の一つでも取り付けて許そうかと思った骸をバカにするように、綱吉越しに顔をのぞかせたフランがベーッと舌を出して「ししょーにボンゴレのチョコなんてあげませんよー」と口パクで言った瞬間、再度骸が切れた。

「ひいっ!!」

ドスッと綱吉の腰の真横を狙い三叉槍が飛ぶ。
見事フランのおでこから後頭部へと突き刺さった槍がびよんびよんと撓る。

「弟子イジメ格好悪いでーす」
「骸!危ないだろ!」
「……これくらいやられても仕方がないことをそこのおチビはしでかしたんです!!」
「はぁ!?」

恨みがましい表情の骸に綱吉はひたすら首を傾げて考えるが正解にちっとも行き着かないので疑問は深まるばかりで益々首を傾げる。
そんな綱吉を助けるように、その実ただひたすら骸をからかうために、フランが「ボンゴレー、ヒントでーす」と足下から声を掛ける。
頭部には三叉槍が刺さったままで、見た目としては非常に心臓によろしくない。

「師匠はですね、毎年ボンゴレにチョコレート貰うの楽しみにしてるんですよー」
「へっ?」
「フランっ!」
「あまりにもわくわくそわそわしている師匠がうざかったんで、ミーがボンゴレのチョコ横取りしてみたんですー」
「はい?」
「フランっ!!」

「ざまあみろなのですー」とニコニコ笑うフランと、そのフランを呪い殺さんばかりの視線で射貫いている骸とを交互に見ていた綱吉は一つの結論に行き着いて、「あ」と声をこぼした。
そしてこの状態からの脱却が一番大事だと頭をフル回転させ、思いついた事を深く考えずに綱吉は実行した。

「あーん」
「っ!?」
「おやおやー?」

先ほどまでフランにしてやっていた様に手元に持ったままだったチョコレートを一粒摘むと骸に差し出し「あーん」と言った綱吉に骸は息を止めて凍りつき、フランは予想外の展開に「あれあれー?」と首を左右にかくんかくんと揺らした。
「間違った」と気付いた綱吉は誤魔化すように引き攣った笑いを浮かべ、手を引っ込めようとして、動きを止めらる。

ぱくり

長身を屈めた骸が口を開け、綱吉の手からチョコレートを奪い取った。
もぐもぐと咀嚼する骸を綱吉は呆然と見つめる。
ぺろりと唇の端に着いたチョコを行儀悪くなめとって秀麗な顔に壮絶な色気を乗せて微笑んだ骸に、綱吉は自分のしでかした事の大きさを知る。
小動物で弟のようなフランに餌付けをしていたのとは、別だと気付く。

「今日のところはこれで許して差し上げますよ。次回までにチョコレートを用意しておいてください」

「フラン行きますよ」と床に座ったままのフランの襟首を掴み引きずりながら骸は扉から出て行く。
「ボンゴレー、またお菓子くださいねー」と引きずられるのを気にもせずフランはのんびりと手を振りながらフェードアウトしていった。
嵐が去った後の静かになった執務室で、綱吉は自分の手を呆然と見つめる。

「えっと、野生の肉食動物を餌付けしちゃった、とか?」

誰かに否定して欲しくて呟いた言葉は信憑性を持たせるだけの効果しか生まない。
考えるだけ危険だと本能で察知した綱吉は、とりあえず手元に残った骸宛だったチョコレートの残りをポイッと口に放り込んだ。

バレンタインなのに甘くないお話でした
(2011/02/20)