沢田くんと六道くんがギャルソンになって潜入するお話


自分の腰に回るまくり上げたシャツから覗く細く長い、だけどしっかり筋張った男の腕を見て、綱吉は嘆息した。
こいつはどうして大人しくしていられないんだよ、と。

「申し訳ないのですが、お嬢さんたち」

綱吉の目の前に座って居た日本人観光客女性グループ、恐らく年齢的に卒業旅行とかそういった類のものなのだろう、が息を飲み目をキラキラ輝かせた。
綱吉を話していた時と明らかに彼女たちの目の色が違う。
背後に居るためその表情は綱吉からは見る事が出来ないが、顔だけは特上なその男は人を騙す柔和な作り物めいた完璧な笑顔を浮かべているんだろうなと考えて先ほどより深く、諦めにも似たため息をついた。

「今、僕たちは仕事中なんですよ」
「あの、じゃあ、夜にでも……」
「夜はデートなんですよ、僕たち」

目の前の女性達が気の毒な程目をまんまるに丸めた。そのまま驚きのあまり呼吸を止めたのが手に取る様に分かって、綱吉は心の中で合掌する。
そりゃ誰だって男が男の腰を抱いて微笑みながら素っ頓狂な事を口走ったら驚くだろうと綱吉は思う。
綱吉だって背後の男に執拗に口説かれ、まんまと騙され、うっかり絆されるまではそうだったのだから気持ちは痛いほど分かる。

「え……?」
「この人、僕の、なんです。だからごめんなさいね、誰にも貸すことなんて出来ないんです」

にっこり。
見えもしないのに背後で毒々しい笑顔を浮かべたであろう事が分かってしまい、綱吉は目の前が真っ暗になった。
「このホモ野郎!!」とその腹に肘鉄の一つでも入れたいところであるが、現在自分たちがどうしてこんな格好をしてここにいるかを考えると無駄に人目を引く目立った行為は得策ではない。
綱吉はははははと乾いた笑いを漏らし、口の端が引き攣るのを感じながら、ダンッと背後の男、六道骸の足を思いっきり踏みつけた。
ピクリともしない骸が、いっそ腹立たしい。

「ほら、君は裏に回って給仕の続きをしなきゃいけませんよ?」

くるっと綱吉の身体をその場で半回転させて、キッチンに戻るように骸が促す。
何とも言えない強引な強制力を感じた綱吉は大人しくその言葉に従った。
背後から聞こえてくる「きゃーもしかしてホモカップル!?」とかいう会話が日本語であり、今綱吉が立っているこの場がイタリアであることに綱吉は心の底から感謝した。

「くたばれ、骸」

思わずその口から子供のような悪態が漏れる。

「若い女に声をかけられてへらへらするマフィアのボスなんて情けない。……この浮気者」

誰からも見えないように骸の腹に先ほどやり損ねた肘鉄を一つ綺麗に入れた綱吉の攻撃を物ともせず、骸はお返しとばかりに腰に回ったままになっていた腕で、綱吉の脇腹を思い切り抓る。
目立たない割に地味に痛いお互いの攻撃に、二人は顔を見合わせて、苦笑した。

***

遡ること数日前。
ボンゴレ本部へと久しぶりに足を運んだ黒衣のヒットマンの一言が発端だった。

「ダメツナ、おまえボスとしてちゃんと機能してねーだろう」
「へっ?」
「へっ? じゃねーよ。間抜けな面晒しやがって」

びしっ
乾いた嫌な音が音が執務室内に響き渡り、少しのタイムラグを置いて綱吉の低い呻き声が響いた。
涙目になる綱吉の視線の先には指をピンと伸ばしたやたらと良いポーズで「決まったぜ」というドヤ顔をしているリボーンがいた。リボーンは綱吉にいわゆるデコピンで地味に痛い攻撃をかましたのだ。

「痛いだろ! 何するんだよ!」
「あまりにもてめーがぼけぼけしてるからだよ、ダメツナ」

マフィアのボスになって数年。ダメツナだった綱吉もすっかりボスの顔という仮面を自分のものにし、今や「ダメツナ」の片鱗も見せない立派なボスになった。
……と思っているのは本人と「ボンゴレ・デーチモ」しか知らないイタリアへ来てから知り合った人々だけで、未だにリボーンや守護者を始めとする中学生時代から綱吉を知っている人物達の綱吉の扱いはその程度のものだった。
綱吉を未だ「ダメツナ」扱いする筆頭主はニヤリと悪人としか言い表しようがない笑顔を浮かべたので、綱吉は背筋がぞっとするのを感じた。出来る限り関わり合いたくない、と全力で回避する方法があるかを脳みそフル回転状態で考えるが、一歩遅かった。

「ボンゴレのシマ内でおいたしてる奴らがいるみたいじゃねえか」
「……相変わらずの情報網だね」
「こちとら個人稼業なもんで、情報が命なんだよ」

はんっとリボーンが鼻で笑う。

「はいはい、先生はそうですね」

逆らっても仕方ないと充分過ぎる程身に染みて理解している綱吉はそれ以上突っ込みを入れる事なく、頷く。素直な元生徒の態度にリボーンは少し気をよくした様子で笑みを深めた。

「で?」
「オレ様が手ずから用意してやったから、ちょっとオマエ潜入捜査してこい」
「どうしてそうなるんだよ!?」

リボーンの理不尽な論調に頷きかけていた綱吉は、慌てて全力で否定をする。決して短くはない付き合いの中で次に何を言ってくるかは、想像がついていた。

「だって、そうした方が楽しいんだもん」

綱吉の想像と寸分違わぬ答えが返ってくる。
想像と違ったのは「もん」と一緒にリボーンが舌を出した事と、ウィンクをした事だ。
死んでも逆らえないけど、心底うざい。
綱吉は嘆息した。選択肢は一つ、従うまでだ。それ以外の答えは己の死に直結する。生命の危機は避けたい。
こうして、一番先頭に立ってはいけないはずの綱吉が、何故か最前線で潜入捜査なんぞに勤しむ結果となってしまった。
自分が楽しむためならば一切の妥協を許さないリボーンによって綱吉のパートナーとして最も適任で、最も不適合で最悪な人物が選出されていたのを知るのは実際に指定の場所に向かってから、だった。

***

背後から不躾にねっとりと自分に絡みつく視線に耐えかねて、綱吉は一生懸命床を拭いていたモップを動かす手を止めた。
そうしてちらり、と背後をうかがう。

「手、止ってますよ。たかが掃除にどれだけ時間かかってるんですか君」

フロアに鎮座する普段は客席となっているソファに偉そうな態度でふんぞり返っている骸がバカにした口調で言う。
ソファの背もたれ部分には骸が先ほどまでしていたエプロンが掛かっている。もう僕の仕事は終わりです、エプロンを外すことで言外にそう言い切っていた。
そんな骸の非協力的な態度に綱吉はムッとし、表情も隠すことなく目に見えて不機嫌に歪めモップの先端に顎を置いた。
そうして半眼で骸を見つめる。

「……そう思うなら手伝ってくれてもいいんじゃない?」
「嫌ですよ。それ、僕の仕事じゃありませんもん」

悪びれもせずしれっと言う骸の言葉に綱吉はわざとらしいため息をついて首を振ると、掃除を再開した。
きゅっきゅっきゅっ。
床とモップの擦れる音だけがフロアに響き続ける。
骸の存在は無視しよう、と綱吉は躍起になって手を動かし続けるが視線は熱を増すばかりで嫌でも消えてくれない。

「あぁ!もう!」

綱吉はそう呻き声を上げるとダンダンダンわざと大きな音を立ててソファに近づき、そこに横たわる骸の身体を見下ろした。
綱吉に真っ直ぐに見つめられた骸は嬉しそうに、笑う。

「オマエなんなんだよ? 言いたい事があるなら、言え」
「構ってください」
「……」

綱吉の問いに間髪入れずに切り替えされた骸の言葉に絶句した。

「慣れない労働で疲れているというのは分かりますが、それは僕も同条件です」
「うん」
「君と二人きりの任務だ、というから色々期待してました」
「……とりあえず言いたい事はたくさんあるけど、まあ今は言わないでおくよ」
「せっかく、君と、二人なのに」
「……強調するな」
「二人、なのに。それなのに君は当初の目的も忘れてアルバイトに精を出しすぎです」
「いや、そんなつもりはないんだけど」

骸の言わんとしている事に気付いた綱吉は思わず苦笑する。
時々どうしてか、この目の前に居る危険極まりない歩く凶器がとても可愛らしく見えて仕方が無くなるから困る。
図体がでかくて、態度もでかくて、何を考えているのか知り合って十年経った今もさっぱり理解出来なくて、やることなすこと危ない危険思想な前科持ちではあるが、こういう時の骸はとても分かりやすい。
つまりは拗ねているのだ。子供のように。

「こんな所でエプロンを巻いて必死に料理作ったり運んだりしている僕を君は労うべきです」
「あー……はいはい。放っておいてごめんな」

雇い主である気の良い店主に心の中で謝りつつ、綱吉は手にしていたモップを近くのテーブルに立てかけ、ギシッと音を立ててソファに片膝をつき、肩から胸へと流れる骸の長い髪の毛にそっと触れる。
骸の色違いの瞳が、奥のずっと奥の方でわずかに嬉しそうな色を滲ませた。
ああ嫌だ。綱吉は嘆息する。
こんな時は嫌になるほど、可愛く見える。

「オマエの事放っておいたオレが悪かった」
「分かればいいんです」

表情は変わらないのに、骸の機嫌が好転した事に綱吉は気付いてしまう。
そしてまた「可愛い奴」とちっとも可愛くない男に対して思う。
とんとん、と己の唇を人差し指でノックする骸に、綱吉は唇の端をひくりと動かした。

「まさか、この状況で何もしないと?」
「……キスだけだからな」

渋々譲歩したんだぞ、と存外に言いながら綱吉は骸の唇に自分のそれを触れさせた。
触れるだけの軽いキスで誤魔化して離れようとした途端にぐるりと手品のように綱吉の視界が反転した。

「まさか、こんなキスだけで終わるとでも思ってるんですか?」
「骸、ストップ! ここは職場! 百歩譲ってそういう事するなら、まず、アパートに帰ろう。な!」
「嫌です」

にっこりと先ほどまでの不機嫌さはどこへやら、まんまと罠に嵌った綱吉をこの上なく上機嫌な笑顔で骸は見下ろす。鼻歌を歌い出してもおかしくない程、楽しそうだ。
さらりと骸の一束の髪の毛が綱吉の頬をくすぐる。
雰囲気も流れも状況も、全てが非常によろしくないと綱吉はごくりと息を飲んだ。

「大丈夫。開店時間まで誰もきやしませんよ」
「そういう問題じゃないだろ!?」

綱吉の言葉に全く耳を傾ける気がない骸の手は綱吉のエプロンの蝶結びになっている紐をつーっと引っ張り、あっさりと解く。
ただそれだけの事で、綱吉は諦めた。
はぁ、と物心ついた頃からの面倒臭がりな性格がこの年になっても消える事のなかった綱吉は嘆息しながら目を瞑り、骸からのキスを諦め半分の心境で受け入れた。
あとはなるようになれだ、と笑う。

ベタにベタなことをやりたかったのです。
(2011/02/12)