run a fever 2


あぁ、面倒くさい事になったなぁ。
綱吉は自分の言葉を聞いて骸が顔をしかめたのを見て嘆息した。

「面倒を見ると言ったのはどこの誰ですか?」

未だ熱の残る赤みの帯びた顔で骸は綱吉を見上げる。
体調が悪いこともあってかその表情はどこか必死に見える。

「でも、どうしても外せない会議があってさ……」
「昨日言ったことも守れないなんて」
「4、5時間だけだから、さ」
「無責任ですね。さすがマフィアのボスだ」

つらつらと文句を垂れる骸を見下ろしている綱吉の脳裏に中学生の頃の記憶が蘇る。
沢田家に同居していた幼い子供達と今の骸はよく似ている、そう思ったが命は惜しいので決して口には出さずに心の中にそっとしまい込んだ。

「だから……これは骸が風邪引く前から決まってた予定で、どうしてもずらせないから」

「だから、ごめんね」と優柔不断でお人好しの綱吉でも譲れないものはある、とキッパリ言い切る。
最初から本気で綱吉を引き留めようとしていた訳ではない骸は不承不承という雰囲気を出しながら頷き、「その間は一人でどうにでも出来ますので大丈夫です」と言いかけた言葉は綱吉の声に遮られた。

「でね。オレが居ない間のことだけど、獄寺くんとかじゃ骸も獄寺くんも両方とも嫌だろうなぁと思ってね」
「……一人で結構ですよ」
「まだ熱下がってないから心配だよ。でね、ちょうどこっちに来ていたうちの一番の良心を捕まえられたから、安心して休んでてね」

「一番の良心」という言葉に骸は一抹の不安を覚えた。
ボンゴレファミリーという枠の中で果たして良心と名付けられるような常識を持ち合わせた種別の人間は居ただろうか、と上手く回らない頭で必死に考えたがそんな人物は一人も浮かばなかった。

***

「拙者に全て任せて、六道殿は寝ていてください」

綱吉と入れ替わるように入って来た青年は、骸にはあまり見覚えのない顔をしていた。
色々な記憶を引っ張り出して考えた結果、綱吉の父親であるボンゴレ門外顧問・沢田家光の愛弟子で、現在門外顧問チームの実質上トップの男がこんな顔と名前だったなとぼんやりと思い出した。
記憶ではもっと綱吉に似た体型と顔立ちをした小さな少年だったが、と思ったところでそれが10年前の記憶だと気付いて苦笑した。

「しかしまさか六道殿がここにいるとは思ってもいませんでした」

部屋備え付けのミニキッチンで何やらしながらその男、バジルが言う。
全くその人物にも、行動にも興味がもてない骸は空返事を返しながら綱吉が帰ってきたらどんな嫌味を言おうかということばかりを考えていた。
そのせいですっかり、油断していた。

「どうぞ」

さすが門外顧問というべきか、無意識に気配を消す事が身についているのであろう、声をかけられ顔を覗き込まれる距離まで骸に気付かせることなくバジルが近づいていた。
濁り無く澄んだ青い両眼が骸を真っ直ぐに見つめる。
そこまで警戒心なく油断していた自分に驚きながら、それをの表情を出すことなくポーカーフェイスを装った骸が差し出された湯気を立てるマグカップにチラリと視線を走らせながら胡散臭い作り笑顔を浮かべる。

「結構です」

遠慮の欠片もない拒絶の言葉にめげることもなく、バジルは全く悪意の含まれない屈託無い笑顔を浮かべた。

「遠慮なさらず。風邪の時は玉子酒が良いと親方様に聞いてましたので、作ってみたんですよ」
「遠慮ではありません。いりません、と僕は言っているのです」
「そうはおっしゃっても拙者も沢田殿から留守をお預かりした身の上です。六道殿が1日でも早く回復されて、沢田殿のお手を煩わせずに済むように最善を尽くさせていただきたいと思っています」

サラッと吐き出された言葉に、回転の鈍る骸の頭は一瞬意味を捉え損ね、理解した瞬間顔を歪める。
好青年ぶっていようと何であろうと、目の前の男がマフィアの門外顧問代表で、ボンゴレでは珍しくない沢田綱吉至上主義である事を骸は思い出す。
これだけの事をサラッと言った後も顔色一つ変えず邪気のない笑顔を浮かべてるバジルをぼんやり見返した。

「ですので、これを飲んでくださいね」
「……飲んだら君はここから出て行ってくれますか?」
「六道殿がこの後眠られるというのであれば」

心の裏側を読み取らせないポーカーフェイス同志が見つめ合う。

「……分りました」
「どうぞ」

具合悪さから一刻も早くバジルを部屋から追い出したいと思った骸が折れると、笑顔でマグカップを手渡してくる。
それを一口くちにして、骸は顔をしかめた。

「すみません……これは、なんですか?」
「玉子酒です」
「……僕の気のせいじゃなければこれはただの日本酒を温めたものではないかと思うのですが」
「あぁ!玉子を入れ忘れてしまったみたいです!」

すみません今から玉子を入れて温め直してきます、と言うバジルに骸はため息をついた。
表情からはわざとか、うっかりミスなのかは全く読み取れない。
しかし、骸に対して敵意はないという事だけは分る。
……分るだけに、厄介だと思った。
笑顔を浮かべながらも何を考えているのか悟らせない雨の青年と同種の厄介さを骸は感じた。

「もう大丈夫です。……少し疲れたので寝させてください。何かあったら声をかけさせていただきますので」
「承知しました。隣室に居ますので何かありましたら声をかけてください」

綱吉の自室を間借している骸に、隣室である執務室に待機しているとバジルは言う。
正直そこにも居て欲しくないと思ったが、骸は渋々頷いた。

***

「沢田綱吉!どうにかしなさい!」

車を降りて運転手にお礼の言葉を言っている綱吉の所に大人しく部屋で寝ているはずの骸が必死の形相で駆け寄ってきた。
恥も外聞も捨て、綱吉に縋り付くように両腕を掴む骸に綱吉は目を丸める。

「えっと……外寒いから出てちゃダメなんじゃないかな、なんて」
「僕だって出来ればこんな所で追いかけっこなんてしたくありませんよ!君が手配したアレに言ってください!」

そう言うと綱吉の影に隠れるかのように骸が綱吉を半回転させ、背中側に回り込む。
くるっと回された綱吉の視線の先にタオルとネギを持ったバジルがいた。

「えっと、バジルくん?」
「沢田殿、戻られたんですね」
「うん、ただいま。……で、どうしたの?骸は絶対安静だと思うんだけど?」
「昔、親方様に風邪には乾布摩擦が良いと聞きましたので、二人で乾布摩擦をしようかと思ったんです」

ニコッとタオルを掲げて微笑むバジルに綱吉の視界がぐらりと揺れた。
あのバカ親父はどうしてこうも余計な、中途半端な嘘ばかりをバジルくんに教えてるんだよ!と憤慨しつつ骸の焦り方に納得する。
そしてバジルが握り締めている長ネギを見て、首を傾げた。

「バジルくん、そのネギは?」
「あ、これですか?これも親方様に日本では風邪の時にはネギを使うと教えていただいた事がありましたので……ただ使用方法が分らなくて六道殿に色々試して見ましょうと言いました所、逃げだされてしまいました」
「……ちなみにどうやって使おうと思ってた?」
「やはりこの形状から言って、座薬代わりかと」
「滅びろ、マフィア!」
「はいはい、よしよし……バジルくん、それ違う」
「え?そうなんですか?」

綱吉の後ろで怯える骸を宥めながら、きょとんとした表情のバジルを見つめる。
ふざけているわけでも、からかっているわけでもなく本気でそう思っている事が分るその表情に、綱吉は内心で骸に謝る。
バジルは至って良識人ではあるが、長年一緒に過ごした人物からとんでもないことを教えられていたため常識が若干人とズレている事をうっかり失念していた。
風邪の看病=胡散臭い日本の民間療法を試す機会と考えるだろうことに思い当たらなかったのは綱吉の失態だ。

「乾布摩擦は風邪を引く前に予防のためにする健康法で、ネギは切って喉に巻くといいって言われてるよね」
「なるほど、さすが沢田殿です」
「いや……効果は知らないけど日本人なら一度は聞いた事がある事だから……」
「いえ!沢田殿はやはり凄いです!」
「あはははは」

感動した様子のバジルに綱吉が苦笑していると、ぐんっと後ろから袖が引かれる。
「沢田綱吉……」綱吉の耳元で、熱っぽい声が名前を呟く。
明らかに具合の悪そうなその声に驚いて、綱吉は振り向いて顔を覗き込む。

「もう、限界です……くらくらします……今すぐ寝たいです……」
「あぁ、うん。戻ろうか?」

出掛ける前よりも顔を赤くし、虚ろな目をしながら舌っ足らずな口調で骸が言う。
その弱り切った様子に不本意ながら綱吉は「あれ?骸が可愛く見えるぞ」と思う。
あの、六道骸が可愛く見えるなんて、大変な事態だ。

「バジルくん、乾布摩擦もネギもいいからとりあえず骸を部屋まで運ぶの手伝って?」
「はい、承知しました」
「ち、近づくな…!」

近づいてきたバジルに骸がびくっと身体を揺らし、思い切り拒絶の言葉を吐き出す。
ここまで感情的になる骸というのは珍しい。
よほど熱が上がってきているんだろう、と綱吉は若干焦りながらバジルに反対側を支えるように指示を出し、骸を自室まで運び込んだ。

***

「最初から人に任せず君がずっと看病すれば良かったんですよ」

すっかり完治した骸がソファにふんぞり返りながら偉そうに言うのを、綱吉は「はいはいそうですねー」と流しながら必死に目は書類を追いかける。
結局、バジルとの無理な追いかけっこが堪えたのか、骸は安定し掛けて居た容態を悪化させそのあと3日ばかり寝込んだ。
自分が人に任せたから悪化したという負い目のある綱吉は渋々、その間全ての業務よりも骸の看病を優先させた。
その対価が今目の前に積み重なる書類の山だ。
正直元気になった骸の相手をしている暇など存在しない。

「完治したんなら、仕事するなり、家に帰るなりしろ」
「冷たいですね、さすがマフィアだ」
「オマエのせいでオレは今死にそうなんだよ!」

頭を掻き毟りたい衝動に駆られた綱吉がキッと顔をあげ、骸を睨め付けた。
綱吉の視線を受けた骸は嬉しそうに笑う。

「途中……色々ありましたが、君に看病されるのは悪くありませんね」
「あーはいはい。そうですねー」
「また僕が病気になった際には君に看病させてあげますよ」
「お断りしますー」

気のない綱吉の言葉にめげるわけもなく、逆に楽しそうに骸が笑う。

「僕が弱ている姿を見せるのは君にだけですよ。特別ですよ」
「そんな特別いらないから」
「貴重なんですけどね」
「そういう貴重とかいらないから」

そこで一端言葉を切って、綱吉は言う。

「そんなに看病して欲しいなら、いつでもバジルくん呼ぶよ」
「それはいりません!雨なんて……雨なんて、嫌いだ」

バジルに受けた「渾身的だがどこかピントのずれた看病」を思い出したのか骸がわずかに身体を震わせるのを見て、綱吉はある種の切り札を手に入れたと密かにほくそ笑んだ。

「まぁ気がむいたら、看病してやってもいいよ」

熱出して素直になってる骸は結構かわいげがあったからさ、言葉の後半は心の中にしまい込んで綱吉は笑った。

「熱で弱った骸」と「バジルくんが苦手な骸」が書きたかったのですが……
(2011/01/23)