run a fever 1


六道骸が風邪を引いた。

別に骸だってどんなに奇妙な能力を持っていようと、特異な生い立ちを歩んできていようと所詮は人の子だ。
怪我をすれば赤い血が出るし、体調がよくない所にウイルスを貰えば風邪だって引く。
もちろんそれは生身で存在していた時の話ではある、が。
ヴィンディチェの囚人となってからの骸は、その身体は脱獄不可能と言われる最下層の水牢に拘束され、もっぱら表にでてくる時は人の身体を間借りしてや幻覚を用いてであった。
だから長いこと病気や怪我とは無縁な存在だった。
しかし、そんな骸がつい先日牢獄から紆余曲折を経て無事出所し、脱獄でなく円満出所というところが重要だと綱吉は思っている、生身の六道骸となり正式にボンゴレ霧の守護者としてお披露目されようとした途端に。

――風邪を引いた。

十年という年月を外界との関わりを遮断した閉鎖空間に閉じこめられていた骸はいわば無菌室で保護されていたも同然で、そんな人間ががウイルスがうようよと漂う表の世界に本人がどう言おうと体力が落ちている状態で放り投げられればあっと言う間に病気を貰うことは目に見えていた。
風邪を引いている状態を認めず顔を真っ赤にしながら虚ろな目をする骸を綱吉は真正面から見据えた。

「オマエ、それ絶対に風邪だから」
「いえ、僕は風邪なんて引きません」
「……オマエだって人間なんだから、風邪くらい引くだろ。そろそろ認めろよ」
「そんな軟弱な人間風情と一緒にしないでください」
「……オマエ、いつの間に人間やめたんだよ?」

あくまで風邪を引いていることを認めようとしない骸に綱吉は呆れた表情を浮かべる。

「あのさ……もしオレが『看病するの面倒だから絶対病気とかになるなよ』って言ったのを気にしてるならそれ撤回するから。だから」

ぴくりと骸の柳眉が微妙に動く。

「風邪って認めろ」
「風邪引きました」

綱吉の言葉に骸はあっさりと主張を覆した。
こいつ本当に図体だけでかくなった子供だよな、と綱吉は嘆息した。

***

骸の出所直前に綱吉とその元家庭教師で今なお綱吉のお目付け役を担っているリボーンとはこんなやりとりがあった。

「出所させるにあたって当面の間、骸の面倒は全部ボスのオマエが見ろ」
「え、やだよ」

リボーンの言葉を綱吉は即座に否定した。

「いや、じゃねーよ。あの問題児を出すって言い出したのオマエだろ」
「それはそうだけど……それとこれとは話が違うだろ。そもそも骸だってオレなんかの世話になるよりも、黒曜の仲間たちの所で過ごした方がいいだろ?」
「だからオマエはいつまで経ってもダメツナなんだよ」
「は?」

綱吉の言葉をリボーンはいとも簡単に全否定した。ダメツナ、は未だに綱吉を黙らせる時の魔法の言葉となっている。
これを言われると昔からの条件反射で綱吉は黙らざるを得ない。

「あのプライドの高い六道骸が、自分の部下たちに簡単に弱りきった自分の姿を見せて平気だと本当に思ってるのか?だとしたらオマエの頭の中は相当めでたいな」
「……思ってないよ」
「だったらボスであるオマエが面倒見るのが妥当だろ」
「思ってない、けど!骸がオレに弱み見せるとも思えないんだけど!」
「そこをねじ伏せて調教してこそのボスだろ。ったく、相変わらず甘ちゃんだな」

六道骸を調教する。このぐるぐるもみあげのヒットマンは正気なんだろうか?
リボーンの言を聞いて綱吉は安易に骸の出所を提案した自分を、少しだけ呪った。
先生の言う事は絶対で、逆らう術など最初から存在しないのだ。

***

「謹んで僕の看病をしなさい」

綱吉の目の前で力なく横たわる病人は高飛車に言った。
ひくり。
綱吉の頬がこの上ないくらい、盛大にひきつる。
元気でも病気でもこの人間の口はちっとも減らないらしい。
病人としての可愛らしさの欠片もない骸を綱吉は辟易した顔で見下ろした。

「……大人しく看病されるなら、いくらでも」

左右色違いの瞳を若干潤わせながら綱吉を見上げたかと思うと鼻を鳴らして、ほくそ笑む。
その表情に綱吉は思わずカチンときた。

「元気そうだな」
「具合悪いです。最悪です」
「あっそう」

綱吉は手にしていたタオルを洗面器に浸して絞り乱雑に骸の額に乗せると、ヒヤリとした感触が気持ち良いのかすうっと目を細め微笑む。
そのいつもより幼い、素直な表情の変化に綱吉は若干ほだされかける。

「気持ち良いです」
「ふうん。なら良かった」
「こうして誰かに看病してもらったのは、生まれて初めてです」

気が緩んだのかふと漏らされた骸の言葉に、不意打ちを食らった綱吉が言葉を詰まらせた。
骸が大人しく弱った己を他人である綱吉に見せて、無防備に寝転んでいる現状。
それがこの男の育ってきた環境を考えるとどれだけ珍しく、貴重な状態であるかを改めて思い知り、自分と骸の生きてきた道の違いを再確認する。
綱吉の胸が切なさでぎゅっとなる。

「あぁ……そんな顔させたくて言った訳じゃないんですけどね……」

眉がハの字になった綱吉に、骸も困ったという表情を返す。

「別に今まで誰かに面倒を見て貰いたいと思った事もありませんでしたし」
「でも」
「そうですね……幼い頃から君が隣に居たら違ったでしょうね」

君の存在がなければ熱を出して不安だなんて感情を覚える事もなかったでしょうからね、小声で呟かれた言葉は綱吉の胸にどこまでも、響いた。

ちょっと続くです
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(2011/01/09)