フライ フライ フライ


チケットで座席番号を確認した綱吉は、鞄をシートに置き手にかけていたコートを頭上の棚に入れ「ふむ」と頷くと鞄を再び手に取り座席に腰を掛けた。
狭い通路を色々な人種の乗客と、フライトアテンダントが忙しなく行き来するのをぼんやり目で追ったあと、視線を窓の外にやる。
仕事で利用するボンゴレ所有の飛行機から見る景色とは違う、普通の空港の滑走路が目に写る。

「あー、狭い」

ぽつりと呟きながら、ごく一般的なイタリアと日本を結ぶ国際便のエコノミーシートに身を沈み込ませる。
いつもとは違い席の間が狭い。シートのクッション性がない。
だが、それが良い。と綱吉は思う。
元来の庶民的感覚がいつまで経っても抜けない綱吉にとっては、普段利用している飛行機のはずなのにやたらめったらと広い空間にどーんと鎮座する立派すぎる椅子という方がよっぽど落ち着かないものだった。
休暇の里帰り。完全にプライベートな理由での飛行機利用はエコノミーシートで身体を縮めこませての約12時間というのが身の丈にあっていて、ちょうど良い。
普段の自分の仕事から意識を切り替えて「沢田綱吉」に戻る時間としてもちょうど良い。
そう思ったので、右腕の「プライベートジェットで!」や「せめてファーストクラスを!」という叫びを全部丁寧に断って自分でネットでチケットを手配した。
全く便利な世の中になったものだ。どこにも行かなくてもネットでちょいちょいとボタンを操作すれば簡単にエアチケットを買えてしまうなんて。
箱入りボスの自分でもなんの問題もなく買える航空会社の予約システムのユーザビリティの高さに、綱吉はどうでも良い所で感心した事を思い出した。
そこで前の座席にも人がきたのか、こちらに確認する事もなく突然座席ががくっと後ろに下がってきて、更に座席が狭くなたので思わず苦笑して日本語で独りごちる。

「オレの身体、小さくてよかったなぁ。うちの守護者たちじゃ狭すぎるよな」

綱吉は思わず日本人にしては健やかに育ちすぎている己の守護者、一部は国籍が違ったり不明だったりもするが、を思い浮かべる。
ついでにつかず離れずの距離感にいる某暗殺部隊とそのボスを思い浮かべる。
そうして彼らが窮屈そうにエコノミーシートに収まる姿を想像してくすっと笑みをこぼす。
それと同時に彼らを束ねているボスである自分が誰よりも庶民的な席に居る姿が一番しっくりと来る事に若干の虚しさを覚えた。
残念ながら威厳の欠片もない。

ドサッ

空席だった綱吉の隣に人が座る音がした。
不躾に顔を覗き込むような事はしないがちらりとそちらを見やると、やたらと長い足が目に入る。
その長い足を覆う見覚えのあるブーツにギョッとし、思わずぐるっと首を回し隣席の人物の顔を覗きこんだ。

「おまっ」
「君ねぇ、なんでエコノミーになんて座ってるんですか?」

こんな所に好きこのんで縮こまって収まるだなんて正気を疑います。と顔にはっきりと書いてある六道骸を綱吉はマジマジと見返す。
何度目を擦っても、角度を変えてみても、正真正銘綱吉の霧の守護者がそこに鎮座していた。

「一応聞くけど……オマエ、なんてここにいるんだよ?」
「いちゃ悪いですか?」

綱吉の問いにしれっとした顔で骸は返す。
あまりにもそこにいる事が当然だと言うような骸の言い草に質問をした自分がバカみたいに思えてしまう。

「いや、悪くはないんだけど」
「だったら別に問題ないじゃないですか」

悪くはない。確かに、全く悪くはない。だけど、と綱吉は思う。

「オマエ、エコノミーとか最強に似合わないな」
「お褒めいただいてありがとうございます」
「うん、まあ、褒めてはないけど……でも本当に似合わないよな」
「非常に残念な事に今の勤め先が安月給なものでエコノミーしか利用出来ないんですよ」
「嘘つくなよ!」

思わず綱吉が声を荒げると先ほど遠慮無く座席を倒してきた前の席の人間がわざわざ座席越しにギロリと睨んできた。
離陸前にシート倒すような人間に注意されたくないなぁ、などと若干拗ねた感想を抱くが生粋の日本人体質の綱吉は愛想笑いを浮かべるとぺこりと会釈する。
会釈という文化のない国の人であろうが、その辺りは全世界共通で「謝罪」の意味で通るのかあっさりと前をむいてくださったのでほっと息をついた。

「骸……」
「はい?」

名前を呼ばれた骸は嬉しそうに返事をする。
その姿に綱吉は天下の六道骸のこんな姿を見たら驚く人間がたくさんいるんだろうなぁとどうでも良い事を思いながら痛み始めたこめかみを押さえる。

「安月給?」
「はい」
「誰が?」
「僕が、です」

大げさにつかれたため息に、骸が「おやおや?」と首を傾げる。
その芝居掛かった姿にイラッときた綱吉は、確かにそういう仕種も様になってるがなぁ!と心中で褒めているのか貶しているのか分らない事を思った。

「少なくともオレよりは良い給料貰ってる分際で何言ってるんだよ!」

あー、本当にもっと減らして安月給にしてやろうかなぁ。
ぶつぶつ呟く綱吉を骸は楽しそうに見下ろし、秀麗な瞳を細めた。

「で、オマエ本当に何しにきたんだよ?!」

柔らかな表情を目の当たりにしてしまった綱吉は慌てて早口で捲し立てる。
心情は全てお見通しです、とばかりの悠然とした様子で更に柔らかく微笑む骸に綱吉は居心地の悪そうに視線を彷徨わせた。

「護衛半分、からかい半分。あと少々の牽制を」
「はっ?」
「まぁいわゆる抜け駆けって言われる行為ですよ」
「はいっ?」
「君の超直感は本当に役立たずですねぇ。よーく感覚を研ぎ澄ませてみなさい」
「あっ……」
「君の周りには過保護な人間ばかりですねぇ」

感覚を研ぎ澄ませた綱吉のアンテナによくよく見知った馴染んだ気配が引っかかる。
冷静に考えればついてこないはずがないじゃないか、これじゃまるで子供のお遣いを見守られている状態じゃないか!と綱吉は憤慨すると同時に羞恥を覚えた。

「……過保護の代表がうっさい」
「えぇ、僕は過保護な上に心配性で狭量なんですよ」

にやっと笑った骸は「それにしても本当に狭いですねぇ」と文句の言葉を吐き出す。
ガツッと長い足が前の座席にぶつかったのを見て「ざまあみろ」と色々と諦めた綱吉は笑った。

(2010/12/09)
ちょっと別途書こうと思った話から派生したお話を切り取り。