―――目を覚ますと目の前には見慣れた人の見慣れない寝顔があった。

低温火傷


「六道骸出所おめでとう」という名の飲み会(ボンゴレという組織はイタリアのマフィアの癖に当代ボスの日本人的庶民感覚が抜けないせいでどうしてもお祝い事の際はパーティではなく飲み会と言った風情になる)を終えた骸は自室に戻って水牢とは違う暖かく柔らかいベッドに沈み込んで眠りについたはずだった。
しかし骸の記憶の無いところで何かあったのか、同じベッドには綱吉が目を閉じると更に幼さを増す寝顔で惰眠を貪っていた。
その安らかな寝顔に一瞬骸の心の奥がチリッと痛みを覚えたが、綱吉の存在という目の前の驚くべき事実に掻き消されて骸はそれに気が付かなかった。

「なんで、綱吉くんが、ここに…?」

目覚めと共に突然訪れた異常な状況に骸の寝起きの頭は大混乱を起こす。
思わず口から零れたその呟きは静かに眠っていた綱吉を覚醒させるのに充分な大きさだった。

「んん〜…あっ、えっと……おはよう、骸」
「……おはよう、ございます」

そっと目を開いた綱吉が当然の様に挨拶をしてきたので骸も思わず普通に挨拶を返してしまう。
そんな骸に対し綱吉は軽く穏やかな微笑みを返す。

「…シャワー浴びてくるね」

綱吉はそう言うと怠そうに身体を起こし億劫そうにノロノロとベッドから這い出して行く。
骸はその裸の後ろ姿を呆然と見送った後ハッと我に返った。

(なんで綱吉くんは裸、なんですか…?)

それが自然の摂理かのように当然骸も裸で、その上身体はやけにスッキリしており確実に情事の名残を残している。
しかし記憶は全く、ない。

(という事は僕は綱吉くんと……?)

状況から一つの結論を導き出した骸は慌ててベッドから飛び起きると無造作に落ちていたシャツを拾い上げ腰に巻き、綱吉の居る浴室のドアを開け彼らしからぬ粗暴な仕草でシャワーカーテンを引いた。

「綱吉くんっ!」
「うわっ!!」

まさかそんな事をされるとは思っていなかった綱吉は突然の乱入者に驚きの声を上げた。
そして慌てて骸に背を向け身体を隠すように顔だけを入口へと向ける。

「な、何……?」

振り返った綱吉の身体のあちこちに赤い痕があるのを骸は確認する。

「……一つ聞いていいですか?」
「……何?」
「僕は……綱吉くんに何かしました、か?」
「……覚えてないんだ」

綱吉の小さな呟きはシャワーの音に掻き消されて骸の耳には届かない。
骸から視線を外した綱吉はギュッと目を一度固く瞑り、すぐに見開くと真っ直ぐに骸を見つめ返した。

「何も…何もされてないよ」

だからシャワー位のんびり浴びさせてよ、と言葉を付け足した綱吉は骸をシャワールームから追い出した。
追い出された骸はベッドへと戻り腰をかけると、思い出せない記憶をどうにか思い出そうと頭を叩く。
しかし飲んでいた部屋を後にし目を覚ますまでの記憶は、焦れば焦るほど脳内のどこにも見あたらなく更に焦燥感は増すばかりだった。

(綱吉くんはああ言っていたけど…僕は絶対に綱吉くんの事を)

襲ったんでしょうね、と自嘲気味に声に出したその言葉は妙に現実味を帯びて骸自身の耳に響いた。
なんで、どうして、綱吉くんを?
骸の頭の中を疑問符が駆けめぐる。

「…骸?シャワー浴びた方がいいんじゃないの?」
「えっ?」

突然後方から声を掛けられ驚いた骸が振り返ると、そこにはタオルを腰に巻いた綱吉が立っていた。

「今日も仕事は普通にあるから、さ」

そう言われて骸が時計に目をやると朝と言い切るには少し遅い時間を指し示していた。
定時というものは存在しない組織ではあるが、さすがにこれ以上遅れるのは確かに問題があるだろうと骸は頷いた。

「そうですね。浴びてきます」

そういいながらベッドから立ち上がりシャワールームに向かって骸は歩き出す。
ベッドとシャワールームの間に佇む綱吉をすれ違い様にチラッと盗み見た骸の目に、その首から胸にかけて背中と同様の赤い痕が残っているのがやけに鮮やかに映る。

『――――う』

(えっ?)

何かとても大事に思える事が骸の脳裏を横切る。
しかしそれが何かを骸は思い出すことが出来ない。
骸の胸の奥が再び焦燥感でチリチリと焦げていく。

「骸?」
『骸』

すれ違いざま急に動きを止めた骸を振り返った綱吉が不審そうな声を掛ける。
骸の脳裏にそれと同時に違う声音の綱吉の声が響く。

(何でしたっけ…綱吉くんは…何を言ったんでしたっけ?)

『―――しい?』

骸の脳裏に綱吉の問い掛けらしい言葉の欠片が響く。

(もう少し、もう少しで何かが思い出せる)

骸の中にさらなる焦燥感が沸きあがり、胸が異常なまでに熱くなる。

「骸?」
『むくろぉ…』

骸の脳裏に響く綱吉の甘い声。
立ち止まってから全く動かない骸を心配した綱吉が不安そうな瞳で骸の顔を覗き込む。
骸の失った記憶の中でその不安に揺れる瞳が何かと符号する。

『出所…なのかな?おめでとう、骸。プレゼント何が欲しい?』
「僕は…」

(僕はなんと答えたんでしたっけ?)

「骸?どうしたの?」

優しい目をした綱吉がその瞳に不安を宿しながら骸を真っ直ぐに見つめる。
その瞳が昨夜の記憶の欠片を骸に覗かせる。

『綱吉くんが欲しいです』
「…綱吉くんが欲しい」
「ん?」

(あぁ…そうでした。僕は)

出所祝いに綱吉くんを貰ったんでしたね。
そう呟いた骸はそのまま有無を言わせず目の前の綱吉を引き寄せ唇を奪った。

『……分かった、いいよ。あげる』
『自分が何を言ってるか分かってますか?』
『まぁ…オレ、素面だし』

(そのまま押し倒して…)

突然の骸からの口づけに驚いた綱吉が無理矢理骸の身体を自分から引き離す。
キッと自分を睨む綱吉を骸は見つめ返し、言った。

「君、何もされてなくないじゃないですか」
「……だって骸すっかり忘れてたんだろ?」

酒の勢いだったんだろ?お互い忘れた方が幸せだよ。
そう呟いた綱吉はクルッと骸に背を向け、落ちている服を拾い集め始めた。
その小さく薄い背中をしばらく黙って見つめていた骸は、綱吉に近づくとそのまま後方から自分よりも一回り小さい身体を抱き締めた。

「…やめろ」

酷く冷たい声音で綱吉が言い捨てる。
その声が微かに震えているのに気が付いた骸は更に腕に力を込める。

「オマエのお祝いはもう終わったんだよ。一度限りのプレゼントは終わりだ」

綱吉の言葉を無視した骸はその首筋に顔を埋め吸い上げると、赤い痕を一つ残した。
綱吉の身体がビクッと動き、固まる。
その瞬間骸の胸は焼けこげた感触に蝕まれる。

「……獄寺くんが待ってるから」

綱吉はそう言うと骸を振り払おうと身体を動かした。
しかし骸は逃がさないようにとさらに抱きしめる腕に力を込める。

「……性欲解消の相手は一度しかしてやらないから。だから離れろ」
「…イヤです」

骸は腕を緩めることなく、綱吉の日本人にしては色素の薄い茶色の髪に何度も軽く唇を降らせる。
大切なモノに触れるかの様に優しい感覚に猜疑心の固まりだった綱吉は疑問を抱く。

「…骸?」
「順番を間違えました…」



僕は綱吉くんが好きだから抱いたんです。



綱吉の抵抗がなくなり、部屋に沈黙が訪れる。

「プレゼントに『綱吉くん』を貰ったので、返すことは出来ません。綱吉くん本人であっても」

というか返せ言われても絶対に返しませんけどね、と呟き昨夜自分が付けた痕をなぞるようにチュッと首筋に唇を当てた。
その瞬間綱吉の身体から力が抜け、ガクッと身体が前方へと崩れたので骸は慌てて落とさないように腕に力を入れる。

「…オマエ、卑怯だ」

悔しそうに呟いた綱吉を骸はゆっくりと床に座らせると自分はその正面に回り込んで、もう一度を見て言う。

「僕は綱吉くんが好きです」

先に言わなくてごめんなさい、と言葉を付け足した骸を綱吉は黙って見ている。

「…オレは嫌いだよ」

そう呟いた綱吉はそのまま骸の頭を引き寄せ首筋に噛みついた。

「こんなデリカシーの欠片もない、馬鹿な男は嫌いだっ!」

そう言い捨てると立ち上がり拾い上げていた服を着始める。
苦笑しながら首筋を押さえた骸は立ち上がると綱吉の後ろに近寄る。

「拗ねないでくださいよ。ちゃんと綱吉くんの感触全部思い出したんですから」
「…変態」

骸の発言に綱吉が心底嫌そうに呟く。
しかしお構いなしに骸は言葉を続ける。

「綱吉くんの触り心地の良い肌の感触も、色っぽい声も」

中の暖かさも全部思い出しました。
と骸が全部言い終わる前に綱吉は振り返り思い切り骸の頬を叩いた。

「オマエ馬鹿だろっ!もう絶対に触らしてなんかやらないからなっ!!」

顔を真っ赤にして怒る綱吉を優しい笑顔を浮かべた骸は強く抱き締め、耳元で呟いた。

「今晩、改めて抱かせてくださいね」



――――それからしばらくの間、ボンゴレ10代目の寝室の前に門番のように交代で立つ嵐と雨の守護者の姿が目撃された、らしい。

(2009.10.8)
六道さんご出所おめでとうございます!プレゼントは沢田さんでいいですよね?