「ヒキガネ」


綱吉は目の前で真剣な顔をして奇妙な提案をしてきた、己の霧の守護者の顔を凝視した。

「……えっと、もう一回言ってもらってもいいですか?」

骸の言葉を聞き逃した訳ではなく、単純に内容が理解出来なかった綱吉は困った表情を浮かべながらそう言い返した。
それに嫌な顔一つせず、骸は得心したと頷く。

「ですから。明日の同盟マフィアの会合には僕を連れて行ってください」
「オマエを?」
「えぇ」
「マフィアしか居ない会合に?」
「えぇ」
「……熱、あるんじゃないの?」
「失礼ですね」

熱なんて有るわけ無いでしょう。至って正常ですよ、僕は。

フンッと鼻を鳴らしてそう言い切る骸は綱吉の知っている通常の骸で綱吉は安堵のため息を付いた。

「急にどうしたの?今までどんなに頼んでもマフィア関連の場所に行くときの護衛は頑なに断ってたのに」
「……いえ、別に。特に理由はありませんよ」
「ふーん…せっかく申し出て貰った所で申し訳ないんだけど、明日は獄寺くんがついてきてくれるから大丈夫だよ」
「……それが問題だから言ってるんです」
「はぁ?」

獄寺の名前に骸は柳眉を顰めボソッと呟く。

「何か言った?」
「ですから。あの忠犬では頼りにならないから言ってるんですよ」
「獄寺くんは犬じゃないから、な。で、獄寺くんのどこが頼りにならないの?」

綱吉は全くもって意味が分からないという様に顔を傾けて眉を顰めた。
その表情に骸は心を逆なでされたように、鋭い目つきを綱吉に向ける。
あまりの視線の鋭さに綱吉は「ひっ」と巨大マフィアのボスにあるまじき間抜けな声を出し、骸から距離を置くように半歩下がった。

「……その怪我」
「え?これ?」

骸が視線を向けた先には、綱吉の包帯に巻かれた腕があった。
左腕を目線まで持ち上げた綱吉は「これがどうしたの?」と小首をかしげる。
その表情に骸はさらにイラッとした様に険を鋭くする。

「あの忠犬は何をしていたんですか?」
「だから獄寺くんは犬じゃ」
「争点はそこではありません。何故、護衛がついていて君が怪我をするんですか?」
「こんなの怪我したうちに入らないよ」
「銃創が軽い怪我、ですか?」
「いや、確かに銃創は軽い怪我ではないかもしれないけど、擦った程度だし、抗争に巻き込まれてこのくらいだったら」
「……何故君が怪我をするんですか」

骸の苛ついている理由が全く分からない綱吉は不思議そうに首を傾げ、マジマジと骸を見返した。
何故だか分からないが骸は綱吉が怪我を負った事に対しとても憤慨している、ようだ。

「護衛を名乗るのであれば自分を盾にしてでも守ってみせるべきです」
「いやいやいや。オレはそこまでしてもらわなくていいから!」
「……すべきです」
「あのさ、骸。どうしたの?オマエらしくないよ」

綱吉のその言葉に骸がキッと切れ長の瞳を向ける。
(怖ぇぇ!霧の守護者怖いよ!)

「僕が君の心配をしたらおかしいですか?」
「え?オレの心配してくれてたの!?」
「……」

しばしの沈黙の後、骸の険しい表情から力が抜け深いため息がその口から漏れる。
そして何かを諦めるように首を左右に何度か振るのを綱吉は不思議な気持ちで見つめていた。

「……もう疲れました」
「あ、えと、ごめんなさい…?」
「いえ、疲れたというのはこちらの話です」
「あ、そうですか」

(オレも結構疲れてきたので部屋に戻ってもいいですか、とか言ったら殺されそうだよな…)
先日負った件の擦過射創が未だ微熱程度ではあるが熱を持っている事を思い出した途端、骸の謎の言動と相まって綱吉は心身ともに疲れている事を自覚した。
そのため、骸の次の言葉を聞き逃してしまった。

「君の鈍感さをすっかり失念していましたよ」
「え?」
「君を傷つけて良いのは僕だけです。ですから、君を傷つける者は僕が全て排除します」
「えっと」
「そう言うことで、明日の会合には僕が護衛でついて行きます。いいですね?」
「あ、はい」

あまりに強引な骸の口調に綱吉は思わず承諾の返事を返してしまう。
その綱吉の返事に骸が満面の笑みで頷くので、綱吉は驚きのあまり目を見開いた。

「物わかりが良い人は好きですよ。それから、今後の君の護衛は全て僕が責任を持って行います」
「え?」
「いいですね?」
「え、」
「いいですよね?」

骸の笑顔のプレッシャーに負けた綱吉はコクンと頷いてしまう。
そんな綱吉の様子にますます笑みを深くする骸を真っ正面から目撃してしまった綱吉は、見慣れない骸の笑顔に戦慄した。
(怖ぇ!本当にこの人怖ぇ!!)

「よろしい。君の事は今後僕が完璧に護衛して差し上げます」
「あ、ありがとうございます」

突然の態度の変化に全く持ってついて行けない綱吉は、ボスの威厳など皆無な張り付いた笑顔を浮かべながらじりじりと後退し骸との距離を徐々に開いていく。

「僕以外の人間が君に傷をつけるなんて面白くありませんからね」
「左様ですか…」

逃走経路を確保しようと綱吉はきょろきょろと視線を漂わせる。
そして綱吉を凝視している骸と視線をばっちり合わせてしまいビクッと体を震わせた。

「あの、まだ、何か…?」
「いえ。では、また明日」
「よろしくおねがいします…」

すれ違いざまに耳元にやたら良い声で「まだ熱があるようですから鎮静剤を飲んで、十分に睡眠を取ってくださいね」と囁かれ、綱吉は赤面して耳を押さえる。
綱吉は恐る恐る振り返ると、遠ざかっていく尻尾のように揺れる長い髪を呆然と見つめた。
そして骸との会話を反芻して、我に返った。

(なんか、オレ、色々とすごい事言われてなかったか…?あれじゃまるで)

「骸がオレのこと好きみたいじゃんか……」

思わずこぼれ落ちた自分の声に綱吉は更に顔を赤く染め上げ、必死に頭を左右に振り続けた。

(2009.9.28)
この後骸はデレ期に突入します。