(七夕、かぁ……)
綱吉は、同居している子供たちに渡された短冊を目の前で振りながら溜息をついた。
特に叶えて欲しい願いなんて、ない。
一つだけあるとすれば。
(……うん、辞めよう)
書き殴った自分の汚い字を見返した綱吉はクシャッと短冊を握り締めてゴミ箱に投げ入れた。
「つっくーん。お友達が来たわよー」
「今いくー」
階下からの母親の呼びかけに綱吉が立ち上がったと同時にガチャと扉が開き、扉の向こう側から華奢な人影が部屋を覗き込んだ。
「ボス……」
「クローム?どうしたの?」
「これ……」
想像していなかった「お友達」に綱吉が面食らっていると、近づいてきたクロームが紙切れを差し出した。
それは先ほど綱吉が握り潰したものと色違いの短冊だった。
「書いてって、渡されたから…」
「あ?イーピン、かな?」
「そう」
「下に笹があるはずだから、そっちにかけておいでよ」
「…ボスのは?」
「あー…オレのは…」
綱吉が誤魔化そうとしつつ、一瞬視線がゴミ箱へ移動したのをクロームは見逃さなかった。
綱吉が止めるよりも早く動き短冊をゴミ箱の中から救出し、中を見る。
「ボス…私の願いは、コレ」
そう言いながらクロームが差し出した短冊には女の子らしいちょっと丸い綺麗な文字で「骸様が幸せになりますように」と書かれている。
綱吉は目を通しながら頷いた。
「ボスの願い……叶えてあげる」
「え!?」
クロームがそういうのと同時にその姿が揺らぎスラッと背の高いシルエットへと変化した。
そして。
「お久しぶりですね、綱吉くん」
綱吉の目の前に少し困ったような笑顔を浮かべた骸が佇んでいた。
「あー…久しぶり。元気だった?」
「えぇ。お陰様で暇で仕方がないですよ」
そして嬉しそうにクロームが握り締めていた短冊を見やる。
「まさか君がこんな願いを書いてくれているだなんて思ってもいませんでしたよ」
「オマエもそれ見たの!?」
「クロームの知覚は僕も共有していますから、ね」
「あぁぁぁぁ…そうですよねー…」
「僕はとっても嬉しいんですから、そんなに落ち込まないでくださいよ」
「トテモコウエイデス」
「棒読みっぽいのは見逃してあげますよ」
「アリガトウゴザイマス」
若干拗ねている綱吉を骸は優しく見つめると、思い立ったかのように窓際へ移動し窓を開けた。
綱吉も骸の隣へ当然の様に移動する。
「曇ってしまっていて星は見えませんね」
「そうだねー」
「おや?君はもっと残念がるかと思ったのですが」
「え?だってたくさんの人に見られながらよりもこっそりと2人っきりで会っているほうが織姫も彦星も幸せなんじゃないの?」
さも当然のように言葉を返す綱吉に、骸は瞠目する。
すぐにその表情はニヤリとしたものに変わり、綱吉の耳元に口を運んで囁いた。
「…僕たちみたいに、ですか?」
「ち、違うよっ!」
顔を真っ赤にしながら首を振る綱吉を間近で見ながら骸はクフフと上機嫌に笑う。
「君からすれば催涙雨も悲しみの雨ではなく、喜びの雨になりそうですね」
「サイルイウ?」
「七月に降る雨をそう呼ぶそうですよ。涙を催す雨、で催涙雨」
「漢字はよく分からないけど…嬉し泣きだといいよね」
「そうですね」
クフフと更に嬉しそうに骸が笑う。
それを見ていた綱吉はふと思いついたように机に駆け寄り、予備として渡されていた短冊を手に取ると骸に突きつけた。
「ほら、オマエも書けよ」
「まぁそれも一興です、ね」
骸は存外素直にそれを受け取ると、数秒考えた後すらすらと何かを書き込み、綱吉に返した。
「それでは。そろそろ時間です」
「うん」
「会えて嬉しかったですよ、綱吉くん」
「オレも」
「短冊に会いたい、と書いて下さって嬉しかったですよ」
「……うん」
「では」
そう言うと同時に骸を模る輪郭が歪み、華奢な女の子の姿に変わった。
「お帰り、クローム。ありがとう」
「ううん」
綱吉の言葉にクロームは「私も嬉しかったから」と首を振る。
「下に行って、短冊飾ってこようか」
「うん」
骸に書いてもらった短冊に急いで文字を書き足し、大切そうにそれを手にした綱吉は部屋を出た。
来年も、一緒に。
ずっと一緒にいれますよーに。
(2009.7.8)
1日遅れの七夕なお話。綱吉は七夕を「しちゆう」と読みそうだと思います…