「お待たせ」
綱吉の仕事がひと段落するのをソファに悠然と座り微動だにせず待っていた骸に綱吉は声をかけた。
ふ、と骸の視線が綱吉の方へと移動する。
その瞳には温度を感じず、出会ってから10年近く経つというのに未だに綱吉はその感情を読み取る事が出来なかった。
なまじ顔が凄まじく整っているため人間らしい感情を感じさせない骸は「人形」のようだと綱吉は常々思っていた。
「報告書さえ出してくれればいいって言ってるのに…オマエって意外と律儀だよな」
骸が無言で突き出してくる報告書を受け取りながら、綱吉は骸の向かいに腰を降ろした。
そして受け取った報告書に簡単に目を通す。
「うん、ありがとう。問題ないよ」
笑顔で御礼を言う綱吉から視線を逸らすと骸は立ち上がる。
「では」
「なぁ、この後時間ある?」
「…なんですか?」
「せっかくだから一緒に夕飯食べない?」
「………」
「1人で食べても美味しくないから時間あったら付き合って?」
「時間はありますが、マフィアと食事なんてしたくありません」
「って言うと思った」
相変わらず感情を感じさせない瞳で骸は綱吉を見下ろす。
綱吉が少し困ったような、昔はよくしていたが最近では親しい者にしか見せなくなった、笑顔を浮かべる。
「じゃ、3分くらい時間ちょうだい」
「…まぁ、いいでしょう」
綱吉の言葉に了承の返事を返すと骸は再度ソファに腰を降ろした。
そして困ったような笑顔のまま逡巡している綱吉を視線で促す。
「アルコール飲みながらなら言えそうだと思ったのに…さすがに素面で改めて伝えようとすると照れるな…」
「早くしないと3分経ってしまいますよ?」
「あー!言います言います」
綱吉は頭をガシガシと掻きながら決意した瞳で骸を正面から見据える。
「オレ、結婚する事になりました」
「………は?」
綱吉の突然の言葉に骸がらしくもなく呆気に取られた表情を浮かべる。
そのあまりにも人間らしい表情を見れた事で綱吉は、ドッキリを仕掛けたわけではないが、悪戯が成功したような優越感を感じた。
「同盟ファミリーのボスの娘さんと婚約したんだ」
「……君、は一生結婚しないんだと思って、ました」
「うん、オレもそのつもりだったんだけどね」
人生ってわかんないもんだね〜。。
と穏やかな笑顔を浮かべる綱吉に骸は苛立ちを覚える。
「ボンゴレはオレの代で潰すつもりでいるけど、周囲が後継者後継者煩いから…とりあえず妻帯者になれば一旦は沈静化するかなと思って」
「…君らしくもない。随分打算的ですね」
「今までもなかったわけじゃなくて全部断ってたんだけどさぁ。彼女、オレの為に日本語を一生懸命覚えてくれて会話まで出来るようにしてくれたんだよ?たった1回会う日のためだけに。」
綱吉の次の言葉を聞いた瞬間、骸は頭が真っ白になった。
「それに……ちょっと京子ちゃんに似てたんだよね。」
骸の胸に形容し難いもやもやした気持ちが広がっていく。
感情全てが黒く塗りつぶされそうになる。
(気分が…悪い…)
「どうしたの?顔色悪いよ?」
骸の側まで駆け寄ってきて顔を覗きこむ綱吉の心配そうだが幸せそうな瞳に、骸は苛立ちを覚える。
長いこと忘れかけていた破壊衝動が全身を支配する。
「骸?」
心配そうな綱吉の白く細い首に革の手袋を嵌めた指を這わせた。
そして、その指に少しずつ力を込める。
「む、くろ…?」
怯えや恐怖ではなく純粋な疑問をその瞳に浮かべ綱吉は骸の名前を呼ぶ。
(あぁ…僕はこの人が)
骸は更に指に力を入れて、人形めいた微笑を浮かべた。
(2009.7.4)
○ヴァを見ていて…