水面に消えた夏


夏休みがもう少しで終わる。
そんな、学生なら誰しもが郷愁を感じる時期の、夕暮れ時。

「ツナー!」
「10代目!」

窓の外からそんな友人たちの声が聞こえた綱吉は、開いたままの窓から外に身を乗り出した。

「2人そろってどうしたのー?」
「別に野球馬鹿と一緒に来たんじゃなくて、そこで会っただけです!」
「うん、そうなのな。ツナ、今時間ある?ちょっと遊びに行かない?」
「ちょっと待ってて!今、出るからー!」

相変わらずの友人たちの言葉にクスクスと笑いながら綱吉は階段を駆け下りる。
早くしないと気の短い獄寺が山本に喧嘩を吹っ掛けかねない。
そして玄関を力強く開け放つと出会った6年前から変わらぬ笑顔を浮かべる友人たちが立っていた。

「山本、凄かったね!友達がテレビに出てるって何か不思議な感じがしたよ!」
「おう!応援ありがとな!」

数日前までこの夏日本を賑わせた甲子園の立役者、山本武が爽やかな笑顔を浮かべる。
その横で中学時代よりも若干髪が長くなり大人っぽさを増した獄寺が面白くなさそうな顔で咥えタバコを噛み潰している。

「でもどうしたの?まだ帰ってきたばかりで疲れてるんじゃないの?」
「うーん。あのさ…ツナ、俺たちに言いたい事あるんじゃないかな、ってな」
「…不本意ながら、こいつと同意見です」

珍しく言い難そうに口を開いた山本と、渋々という様子でそれに同意する獄寺を暫く見つめた綱吉は「うん」と頷いた。
言うなら今しかない。
直感がそう伝えてくる。

「どっかで話そうか」
「俺、いい場所知ってるぜ。そこでいい?」
「うん、じゃあ場所は山本に任せるね。…もう少し声掛けても、いい?」
「ツナが必要だと思うんなら」
「10代目に従います」
「ありがとう」

綱吉は2人に御礼をいうとポケットから携帯を取り出し2箇所に電話をした。
そして念のため、とメールを2通送信して携帯をポケットに戻す。
最後に先ほど閉めた玄関を開け、中に声をかける。

「ランボ!ちょっと出掛けるよ!」
「ツナ、待ってー!」

すっかり幼児から子供に姿を変えた同居人が慌てて駆け寄ってくる。
ランボの形状は10年後バズーカーで何度か見た姿にだいぶ近づいてきている。

「…そいつも連れて行くんですか?」
「うん。ランボも関係ある話だから、ね」

綱吉の返答を聞くと獄寺は若干表情を硬くした。
獄寺、山本、ランボ、そして電話で声をかけた2名の面子でどんな話かは大よそ想像がついたのだろう。

「たぶん、獄寺くんの想像してる通りだよ」
「そう、ですか」

綱吉の言葉に獄寺と、その横にいる山本も頷く。

「で、山本、どこに行くつもり?」
「懐かしくて、いい所」

爽やかイケメン高校球児と持て囃された大人っぽさを増した顔を、中学時代を思い出させる子供っぽい笑顔に変えて山本がニヤッと笑った。

「とりあえずついて来いって」

そう言って山本が歩いて行った先は綱吉の家から徒歩10分ほどのところにある、並盛中だった。
施錠された正門ではなく裏門の前に立つと、山本は軽やかに門を飛び越した。
そして中から鍵を開ける。

「雲雀さんに見つかったら怖いね…」
「あー。あいつ卒業した今もここ支配してるらしいっすからね」
「…全く君たちは何をしてるんですか?」

それまで一緒に居なかったはずの第三者の突然の声に綱吉以外の3人は振り向く。
そこには悠然と腕を組んで佇む、六道骸が立っていた。

「早かったね」
「まぁ、並盛に住んでますしね」
「よく分かったね」
「君の無茶振りにはさすがに慣れましたよ」

やれやれと大げさな仕草がますます様になる美丈夫に成長した骸は、視線をふと綱吉から逸らして道路に向ける。

「晴の守護者も到着しましたよ」
「了平さん!」
「おーやっぱりここだったのだな!極限に懐かしいな!」

いかにもランニングの途中という姿の了平が、息一つ乱す事無く近づいてくる。
裏表のない笑顔を浮かべ、綱吉に向かって手を振る。

「突然呼び出してすみませんでした」
「久しぶりに会いたかったし、問題ない!」
「了平さんも変わりないですね」
「今試合前で減量中だが、極限に絶好調だ!」
「試合頑張ってくださいね!」
「おう、任せろ!」
「皆そろったし、中入りましょうか」

綱吉がそういうと山本を先頭に移動を開始する。
夏休みも終盤になると日の入りも早くなる。
18時近い時刻となった今、既にあたりは薄暗くなってきている。
校庭も既に全ての部活が終了しているのか、声はしない。

「どこに行くつもりなんですか、山本武?」
「ん?そう慌てるなって…ここなのなー!」

ここ、と山本が指差したのはプールだった。

「…山本、オレ水着なんて持ってきてないよ?」
「平気平気!細かい事は気にするなって!ちょっと開けてくるから待っててなー」

山本はそういうとフェンスを軽々と乗り越え更衣室側へと走っていく。

「手馴れてますね」
「…山本って、実は結構学校に忍び込んでたのかなぁ」
「マスコミにちくってやればいいんですよ」
「ツナ、プール楽しみだね!」
「ランボは楽しそうでいいなー」

目をキラキラと輝かせて服を引っ張るランボの癖っ毛を綱吉は撫で回してやる。
さほど待つことなく、更衣室の扉が開錠され、中から山本が顔を出す。

「やっぱ、夏休みに学校に忍び込むならプールか屋上だな!」
「数日前まで日本で一番活躍していた高校生とは思えないですね…」
「お、六道も見てくれてたんだ。ありがとうな!」
「…あれだけ並盛をあげて応援してれば嫌でも目に入りますよ」

珍しい山本と骸の会話を横目で見つつ、綱吉はここに通っていた頃の事を脳裏に浮かべた。
友達と呼べる人なんて1人も居なかった綱吉が始めて友達…しかも生涯の親友と呼んで差し障りない相手を見つけた場所。
自分のどこが良いのか分からないが、未だに無条件で慕ってくれる友人と出会った場所。
初恋の女の子のお兄さんとして出会い、共に戦った場所。
未だに恐ろしい先輩と出会いスリッパではたくという世にも恐ろしい処遇を行った場所。
戦いに巻き込みたくないと思っていた同居人の子供が頑張って戦ってくれた場所。
別の場所で出会い戦った相手と思わぬ再開を果たした場所。
あの頃にはこうして続くと思った縁も、思わなかった縁もあるが、変わりなく皆が揃って世間話を出来るという事に驚くと同時に綱吉は納得する。
全員今の自分がある為にはこの場所で邂逅していないとならなかった、仲間だ、と。

「よし、入るのなー!」
「おー!」
「僕は遠慮しておきますよ」

そんな綱吉の思考を遮るような山本の言葉に、了平と骸が返事をする。
獄寺は苦虫を噛み潰したような表情で佇んでおり、ランボは楽しくて仕方ないという様子で足踏みをしている。
そんなこの4年で馴染みの物となった彼ららしい姿に綱吉は笑みをこぼした。

「オレも入るよ!」
「じゅ、10代目!?」
「ほらほら、獄寺くんもランボも入るよ!」

そう言うと綱吉は、中学生時代に泳げなくて色々と嫌な思い出が残るプールに上着と靴を脱ぎ捨てると飛び込んだ。
山本と了平、そしてランボが後からそれに続く。
綱吉に名指しで指名された獄寺は続かないわけに行かず、慌ててTシャツと靴を脱ぎ綱吉が笑顔で手を振る水面に飛び込んだ。
そんな様子を中学時代に比べると優しい表情で骸が見やり、そのまま一歩後退するとフェンスに寄りかかり腕組をした。

「夜のプールって気持ちいいねー!」

すっかりと暗闇と化した空間で揺れる水面が月を写して輝く。
そんな景色を見ながら綱吉は仰向けにプールに浮く。
飛び込んだ衝撃で水面が揺れているので、綱吉の身体もそれにあわせて揺ら揺らと上下に揺れる。
そんな揺り篭のような揺れが心地よく綱吉を包む。
周囲の友人たちもそれぞれの位置を確保した事を確認して、綱吉はポツリと本題を切り出した。

「オレ……高校卒業したらイタリアに行こうと思ってるんだ」

全員が予想していたのか、誰も言葉一つ上げない。
周囲は静寂を保ったまま、綱吉の声だけがその場に響く。

「指輪を返すなら、今、だよ」

ハッと息を飲んだのが誰なのか綱吉には分からない。
誰も言葉を発しないので、綱吉は続ける。

「オレはオレの意志で…決めた、から。4年前意味も分からないまま受け取ってしまったまま流されて一緒に来てもらうなんて出来ないし……これはオレの勝手だけど、山本と了平さんには普通の人として日の光が当たる世界で生きてもらいたいと思ってる」

綱吉から出た言葉に山本と了平がピクッと反応する。
それを肌で感じながら綱吉は更に続ける。

「獄寺くんと骸とランボは元々あっち側の人たちだから好きな方選んでね。……指輪があってもなくても皆はオレにとって仲間っていうのは、変わらない」

綱吉はそこまで言い切るとそれぞれの回答を貰うためにプールの底に足をつけ、立ち上がる。
真っ先に返答を返したのは、すぐ近くに居た獄寺だった。

「オレは当然ご一緒させていただきます。それが右腕たるものとして当然の行動ですから」
「うん…ありがとう」

何を迷うことがあるんだ?と言わんばかりの真っ直ぐな獄寺の言葉に綱吉は頷く。
次に声を上げたのは獄寺の横に居るランボ。

「オレは、ボヴィーノのボスとママンと小学校卒業までこっちに居る約束してるんだもんね!指輪はオレのモノだもん!」
「うん。ランボはそうだよね。あっちで待ってるよ」

瞳を輝かせながら手を上げて言い切るランボに綱吉は優しく言葉を返す。
そんな綱吉にランボは満足そうに「へへん」と笑う。

「ツナ、俺はこっちに残るぜ。何箇所か声をかけてくれてる所があるから一緒には行けない」
「うん。山本は、それがいいと思う」

山本の言葉に綱吉は力強く頷く。
しかし山本はちょっとすまなそうな表情になり、言葉を繋げた。

「けど、ごめんなー。ツナの願いは叶えられないわ。野球は3年でやり切って、追いかける」
「山本……」
「だから指輪は返さない。美味しい和食の店探して待っててな!」
「うん…ごめんね…」
「なんで謝るんだ?俺の意志でそう決めたんだからツナは悪くないのな!」
「ありがとう…!」

綱吉は滲みかけた涙を片手でぬぐう。
そこに了平が声をかける。

「山本の真似をするようだが、オレも今は行けないがチャンピオンになったら沢田の手伝いをしに行くぞ!」
「了平さん…」
「だから指輪は返さん!」
「ありがとうございます」

綱吉の顔に突然水しぶきがかかる。
驚いて飛んできた方向を見るとランボが満足気な表情で笑っていたが、次の瞬間獄寺の手によって水面下に沈められて暴れる。

「うわっ、獄寺くん、ランボ死んじゃうから!」
「10代目に無礼を払うヤツなんて万死に値します」
「いやいやいや、ランボはオレの情けない顔見たくなかっただけだと思うから…!」

綱吉の必死の懇願に折れた獄寺が手を離すと、半泣き状態のランボが綱吉に飛びつく。
そんなランボの頭を撫でてやりながら綱吉はフェンスに寄りかかる骸に視線を移した。

「僕はどこまでもご一緒しますよ。不本意ながら、ボンゴレに身を預かってもらってる身分なので」
「…嫌だったらこっちに残れるように、するよ?」
「どこに居ても同じですから構いませんよ」

フェンスから身動き一つする事無く骸は言い放つ。
骸らしい返答に綱吉は苦笑いしながら頷く。

「で、君はどうするんですか?…雲雀恭弥くん」

骸の声にプール内の全員が顔を上げ1点に視線を向ける。
いつの間にか骸の寄りかかるフェンスの上には黒い学ランから黒いスーツへと服装を変えた雲雀が立っていた。

「ねぇ、誰の許可を得てここに居るの?草壁から並盛に不審者ありの連絡で来て見たら…風紀を乱さないで欲しいんだけど」

そういうと軽やかにプールサイドに降り立つ。

「まぁ、今日は見逃してあげるよ」
「あ、ありがとうございます」
「さっきの質問だけど、僕は並盛から出ないよ。僕は僕のやりたい事をやるからね」
「雲雀さんらしい返答で安心しました。じゃ、指輪は」
「返さないよ」
「えぇー!?」

指輪を返還すると思っていた雲雀から思わぬ言葉が返ってきたことに本人と骸以外が驚きの声を上げる。
そんな様子に雲雀は不愉快そうに眉を顰める。

「何か問題があるの?そこの2人も行かないのに指輪返さないんでしょ?」
「ですけど…」
「コレを持ってると強い生き物と戦える」
「で、ですよねー!」
「だから返さないよ」
「わ、分かりました!」

ピシッと言い切った雲雀に綱吉は思わず直立不動のポーズで返答を返す。
骸がやれやれと頭を振るのが綱吉の視界に入り「ほっとけ!」と言い返したい衝動に駆られるがこれ以上色々と脱線したくないためぐっと我慢する。
そしてグルッと6人の「綱吉の守護者」を見渡し、その今の姿を目に焼き付ける。

「えっと…では、皆さんこれからもよろしくお願いします。って言ってもあと半年はこのままなんですけどね」

フニャリと笑いながらそういう綱吉の言葉はキラキラと輝く水面に吸い込まれていった。

(2009.5.31)
ランボの口調に困りました。私の脳内設定ではランボは小学校卒業してイタリアに渡った時に「ツナ」から「ボンゴレ」に呼び名を変え、口調も変化する予定です。当初の予定よりずっと長い話になって誰よりも自分が驚いてるし、読み返す気力がないし、何より異色で面白くない気が…書いた本人は書きたいテーマだったので大満足です!