(あー何かイイ匂いがする…)
ベッドの中で心地の良い眠りに堕ちていた綱吉は鼻腔を刺激する匂いに意識を覚醒させかける。
しかし、眠りたいという身体の欲求には逆らえず再び深い所に堕ちようとした。
ドスン
(重っ)
突然綱吉の身体に重みが加わった。
綱吉の堕ちかけていた意識が急激に底から引き上げられる。
「ん〜っ」
「綱吉くん、起きてください。もう、昼ですよ」
「んん〜っ」
綱吉は布団の中でモゾモゾ動き明るさを感じる瞼をそっと、少しだけ開く。
開いた眼球に自分の上に圧し掛かり、顔を覗き込んでいる骸が映った綱吉はもう少しだけ重たい瞼を持ち上げる。
「やっと起きたましたね」
「ん…骸さん、何してるんですか?」
綱吉は見間違いでも、幻覚でも無く自分に体重をかけながらベッドに骸が座っている事を事実として受け止める。
正直、重たい。
「綱吉くんはやはりお寝坊さんですね」
そう言いながらクフっと微笑む骸を見て綱吉も思わず微笑み返す。
しかし現実的な問題が脳裏に浮かび、笑みを消す。
「骸さん、何してるんですか?」
「綱吉くんの部屋に来て紅茶を入れて、綱吉くんを起こしているところです」
「うん、そうですね。…じゃなくて!骸さん、確か任務中ですよね?」
「はい。あんな任務はとっとと片付けてしまってアルコバレーノに報告書を渡した足でこちらに来ましたよ?」
あんな任務、と骸が言い切った任務は4日前に綱吉が直接お願い(命令、という言い方を綱吉は好かない)して3日前からイタリア南部の目的の土地に潜入してもらっていたもので、リボーンと綱吉の目測では最低でも1週間はかかるはずだった。
骸が有能である、というのもあるが恐らく睡眠時間を削って無理をして動いた結果、だろう。
「…ゆっくり休まないでいいんですか?寝てない、ですよね」
綱吉が心配そうに言うと、骸は嬉しそうに綱吉の顔をぺちぺちと触りだした。
少し冷たい骸の掌の温度が起き掛けの綱吉の頬に心地よく伝わる。
「先日綱吉くんに書類をいただいた帰りにアルコバレーノに今日は綱吉くんは久しぶりにオフの予定、とご丁寧に教えていただいたんですよ」
「…何であいつはそういう事言うんだよ…」
論点が少しずれてしまってる事を承知で綱吉は尤もな疑問を声に出して呟いた。
そう言えば骸はこの日に合わせて多少の無茶をしてでも任務を完遂すると見越してだろう、と思いつつ。
「迷惑でしたか?」
突然、綱吉の顔を笑顔で覗き込んでいた骸が淋しそうな顔になる。
急にシュンとなった骸を見て綱吉は慌てる。
「そっそんな事は全然ないんですけど…」
「けど?」
「結構厳しい内容の任務をお願いしたから疲れてると思うのに、こんな所に来たら身体、休まらないんじゃないかな?と」
「…綱吉くんはやはり鈍感で愚鈍ですね」
「ちっとも頭がよくなりませんね」と呟きながら骸が綱吉の上から動く。
身体に係っていた重みが無くなった綱吉は骸を追って慌てて起きあがりベッドから出る。
「骸さんの事心配してるだけです」
「綱吉くんは鈍感です」
「はぁ?」
「あのですね、好きな人と少しでも一緒に過ごせる時間があるのであれば逢いたいと思うのが普通なんじゃないですか?」
突然振り向いた骸が綱吉の鼻先にピシッと指を突きつけて言い切る。
「僕にとって一番休めるのは綱吉くんと一緒に居る時なんですよ。分かりましたか?」
「…分かりました」
突然吐き出された決め台詞に綱吉は両手を上げて降参する。
無駄に見目麗しい骸にはそういうポーズと台詞がむかつくほど似合っている。
そんな綱吉の姿を見て骸は笑顔を浮かべる。
「そんな物わかりの良い綱吉くんに僕が紅茶を入れて差し上げましたよ」
「イイ匂いですね」
「クロームが買ってきてくれたんですよ」と骸が自慢げに言う先には入れたての紅茶の他に完璧に整えられたイングリッシュブレックファーストが並んでいる。
こいつどうやってこれを用意したんだよ…、と感心し素直に感嘆の声を上げる。
そんな綱吉の姿に気をよくしたのか骸は更に満面の笑みを浮かべる。
「綱吉くんは忙しくなると食事すらも面倒臭がるから、これでも心配しているんですよ」
そう言いながら骸は綱吉に近づくと、その小さな痩身に腕を回して抱きしめる。
「おやおや…また痩せましたね」と顔を顰めながら言う骸を黙らせる様に綱吉は骸を抱き締め返した。
「ありがと、な」
「感謝は言葉だけですか?」
そう言いながら綱吉を見下ろしながら顔を傾ける骸に苦笑を返す。
「だったら分かりやすく態度で返しましょうか?」
「そうしてください」
骸の返事を聞く前に綱吉は回した腕の先にあった長く伸ばされた髪を引き寄せ、唇を寄せた。
「ありがとうございます」
「ずるいですね、これだからマフィアは」
そう言って顔を覗き込んできた骸の唇に、綱吉は不意打ちで自分のソレを軽く重ねた。
「…ずるいですっ!」
「はははははー。じゃ昼ご飯もらおうかな〜」
「ずるいですずるいです」と言い続ける骸を拘束していた腕を緩めた綱吉はそのまま椅子に座り、両手を揃え「いただきます」と言うと本当に食事を始める。
「…ずるい」
「ずるくないですよ」
苦笑しながら答える綱吉を凝視してた骸が小さく呟く。
「ただいま、綱吉くん」
「お帰りなさい、骸さん」
その言葉に綱吉は当然の様にニッコリ笑って答えた。
「オレも最近睡眠時間取れてなかったんで、後で一緒にお昼寝しましょうね」
「……君は、随分大胆になりましたね」
「え?」
「いえ、何でもありません」
クフフフフと嬉しそうに笑う骸を見て、綱吉も釣られて笑った。
こんな風に二人のつかの間の休息は何となく過ぎて行く。
(2009.2.11)
綱吉も骸も紅茶派だと思っています。なんとなく。