(あ。また、だ…)
指輪戦以降、骸は色々な人の目を盗んではオレの前に現れた。
オレの事が好きだと言い、オレもなんだかんだでそれを受け入れてしまっていたりして。
見た目の印象から人との接触を好まないと勝手に想像していたのに、実は過剰なまでにスキンシップを取ろうとしてくる人間だという事も知ったし、だいぶ慣れてきた。
だけど。
(絶対に唇には触れてこないんだよな…)
そういう雰囲気になって、髪や顔を優しく撫でられて条件反射的に目を瞑ると必ず髪やおでこに優しく唇を落とされる。
夢の中で会いに来るときは……してくるのに、実体化している時は触れてこない。
理由は…なんとなく、分かる。
分かってしまう。
「なぁ骸」
「なんですか?」
他の人が聞いたら驚くような甘い声音が返ってくる。
「なんで……キスしてこないんだ?」
「おや?誘ってるんですか?」
いつも、してあげてるじゃないですか。
オレが気づいていると思っていなかったのか、いつもより口調が若干早くなる。
(ってことに気づくオレも大概なんだけど…)
「夢の中では、な」
「……超直感ってやつですか?」
「いや、そんな大それたもの使ってないけどなんとなく」
「…厄介な人だ」
普段は鈍いくせにどうしてそういうところばかり鋭いんでしょうかね。
とため息交じりで言われて、若干殺意が芽生えかけた。
なんでこんなヤツが好きなんだろう?と本気で自分に問いかけたくなった。
だけど今はもっときちんと話したい事があるからぐっと我慢する。
「あのさ、違ったら、ごめん。……その身体が、クロームの、だから?」
「……君には敵いませんね」
大げさに両手を挙げて役者の台詞のように言うのは、目の前の無駄に整った容姿の男にはとても似合っている。
こいつがそういう態度を取るときは、話を逸らそうとする時だ。
だから、それを許さないために、今まで避けてきた話をしようと決意する。
こいつはきっといつまでも自分の片思いだと思ってるのだろうけど、実はオレも……それなりに骸の事が好きなんだと分かってもらいたくて。
「オレは本物のオマエに触れたいと思ってる。体温を感じたいし、抱きしめてもらいたい」
「僕も……、ですよ」
良かった、と否定されたらと内心で恐れていたオレは安堵する。
「きっと一度しか言わないから、ちゃんと覚えておけよ」
「はい」
「オレは、骸が思っているよりずっと、きちんとオマエの事が好き、だよ」
骸が驚いたように目を見開いた。
オレがこんなこと言い出すなんて思ってもいなかったんだろう。
「だから……あそこから出れるように、頑張ろう。オレそのためだったら、何でもするよ」
ずっと思っていた、だけど口に出したら誰もが反対するであろう事を実行に移せる力を骸から貰いたくて必死で言葉を繋ぐ。
この思いがどうか目の前の人に通じますように、と願いながら。
「でもオマエの意思がそこにないなら意味がない、から。……なあ、骸はどうしたい?」
何かを葛藤するかの様に瞳を一度きつく閉じた後、色違いの綺麗な目がオレを真正面から見据えた。
何かを決意した、顔だ。
「……ここ、から、出たい、です」
骸の口から初めて聞く、小さな小さな弱音に心が揺れる。
「そして、本当の僕の身体で、腕で、指で。君に触れたい、です」
「…うん」
「君に、君の唇に、他の誰のものではなく僕自身で直接触れたい、です」
言葉に詰まりながら慎重に紡がれた言葉が、心のど真ん中に落ちてくる。
それと同時にずっと抱えていたわだかまりが消えるのを感じた。
言葉にして確認すれば、決意する事なんてこんなに簡単だったんだ。
「うん、分かった。何年もかかると思うし、物凄い大変な事だと思う。きっと途中で投げ出したくなる時もくると思う。だけど絶対に何年かかっても、どんなに大変でもオレが骸をあそこから出す」
「…はい」
「そしたら……その時はちゃんと……」
「…キスして差し上げますよ」
最後にはいつもの調子を取り戻したらしくシニカルな笑いを浮かべたけれど、目尻が赤いから全て台無し、だよ。
誰よりも強くて、だけど本当は誰よりも寂しがり屋な骸が愛しくて仕方なくて。
我慢できずにその奇妙な房ごと、頭を抱え込んだ。
「オマエが出てこれる日まで、キスはとっておこう、な」
笑いながらそういってやると、慌てたような声がもごもごと押し付けた胸元からしたが、それも笑い飛ばしてやった。
(あぁ、泣きそうだ)
いつかの未来、骸と並んで歩ける日を想像して、涙が出そうになった。
(2009.2.8)
たまにはツナが骸さんを好きなお話も。Tさんとの会話から生まれたお話だったり。