明日晴れたらキスしませんか


その日、綱吉が「ただいま」と玄関を開けてもいつもの出迎えの声はなかった。
いつもであれば広くない部屋だからどこにいても分かるので、骸が在宅の場合はわざわざ玄関まで出迎えに来ないまでも「おかえりなさーい」と部屋の奥から声がかかる。
だが、この日はその声すらなかった。
代りにぼそぼそと独り言のような小さい声が綱吉の耳に微かに届いた。
(電話してる?)
幾ら綱吉の同居人、六道骸が電波極まりない男だとしても独り言をいうタイプではなかったはずだ。
そうすると綱吉には聞こえないが話し相手が存在すると考えるのは必然で、つまり電話をしていると考えるのは妥当な思考手順だろう。
しかしここで綱吉がおかしいと感じるのは別の問題があるからに他ならない。
綱吉と骸はいわゆる「日陰者」と呼ばれてもおかしくない人間だった。
その昔、人にはちょっと自慢出来ないような職業(いわゆるイタリア最大勢力を誇るマフィアっていうもののボスと守護者)に身を置いていた二人はその職場を円満解体(綱吉は本当に禿げたり胃に穴が空いたりしそうなくらいに努力した。たぶん、実際にちょっぴり胃潰瘍になったと思う。骸は隣で笑ってた)した後、隠れるようにこの古くて小さいアパートに引っ越してきて二人ひっそりと暮らしていた。
二人が就いていた職業(しつこい様だがマフィアってお仕事)の給料は世間的に言えば悪い方ではなく、むしろ時として貰い過ぎとすら言える程のお金が手に入る事もあった。
しかし二人は共に物欲などが著しく欠如していたのでその大金を使う機会も特になく、結果として預金通帳にはこの年の独身男性と比べてみてゼロが何個か多い金額が記載されている。
だから住もうと思えば都会のど真ん中の超高層高級マンションの最上階でも、高級住宅地の一軒家でも、それこそ選び放題で好きな場所に住めるだけのお金はあった。
だけど二人が一緒に住もうと決めて、そして選んだのは築数十年が経過した、二階建てのボロアパートだった。
「二人で住むにはこのくらいがちょうど良い」という綱吉の訴えを骸は反論一つせずあっさりと受け入れた。
人の何歩も先を行く奇抜なファッションセンスやらシンプルだけど家具に気を遣っているのが分かる部屋だとかを考えるともう少しこだわりがあるかと思っていたので、あまりにもあっさりと決まってしまった事に綱吉は拍子抜けしてしまったが、何度確認してみても骸は、

「良いと言ってるじゃないですか?君が言い出した事なのにしつこすぎますよ」

と最終的には怒り出すほどだった。
綱吉は三十八歳。
骸は綱吉よりも一つ年上だから三十九歳、今年誕生日を迎えるとついに四十代に突入する。
二人とも良い年したおっさんだ。
それなりに身なりの良い妙齢の男性が二人で、一人で暮らすには広めだけど二人で暮らすにしては手様な部屋で世間体などまるっきり無視して仲良く同棲している。
しかも二人とも絶賛ニート生活中。
いつでも暇そうに家に居たり、近所をふらふら歩いている。
よくよく考えなくてもそれは奇妙で滑稽だと誰よりも自分達が一番理解していた。
正直こんな胡散臭い男達をご近所の皆さんはよく暖かく受け入れてくれているなと綱吉は感謝しているが、それは恐らく六道骸という男の顔の良さという一点に尽きるだろう。
十代の時はあんなにとんがって捻くれて「人間なんて信用できません!マフィアなんて滅んでしまえ!世界大戦です!」なんて言っていた骸も、さすがにこの年まで生きて、更にこんな普通の安アパートで暮らすようになればご近所づきあいの大切さを充分に理解している。
あの六道骸が今や世間体を大事にして、ご近所の奥様にその無駄に綺麗な顔で愛想を振りまいて、友好的な関係を築いていた。
ご近所の皆さんには、二人の関係は隠していないのでバレている。
自分達から申告はしないが、尋ねられれば「恋人ですよ」と言い切れるくらいには二人とも達観していた。羞恥心なんてとっくのとうに捨てている。じゃないとホモなんてやってられない。



こんな感じのお話です。
WEB用に改行はいじってあります。