5.ハチでもパトラッシュでもありません


「先ほど山本武と何の話をしていたんですか?」

雨の守護者山本武が退室した後、執務室に残っていた骸が綱吉に話しかけた。

「え?さっき??」
「ハチだかパトラッシュだか」
「あぁ!オマエ興味なさそうにしてたけどしっかり聞いてたんだ」

山本と盛り上がりすぎて長話しちゃった!どうしよう!終わらない!!
と綱吉は呟きながら骸の相手をする。

「…書類片付けるの手伝いますから」
「え、ホント?」
「えぇ。ですから片手間に僕を扱うのは辞めてください」
「……オマエにそう言われても可愛くもなんともないのはどうしてだろうな」
「僕はいつでも可愛いですよ?」
「ですよねー」

クフフと笑う骸に鳥肌を立てながら綱吉は引きつった笑顔を返す。
そして骸に促され、綱吉は若干面倒臭がる自分を騙しながら説明をする。

「ハチっていうのは、『ハチ公物語』って映画の主役の犬で…まぁ死んだご主人さまをいつまでもひたすら待ってたっていう忠犬」
「…今、だいぶ端折りませんでしたか?」
「いや、誰が説明したってこんなんだよ」

面倒臭いヤツだなー、という感想を心の中に閉じ込めて綱吉は次の説明に入る。

「で、パトラッシュっていうのは『フランダースの犬』って話に出てくる犬で…ネロって主人公に助けられてから最期一緒に死ぬ時まで、ご主人さまに寄り添ってたっていう忠犬」
「あぁ、負け犬の死の物語ですね」
「え?」
「日本では悲劇の物語として親しまれているようですけど、こちらでは負け犬の死扱いですよあの物語は。そもそも知名度が低いです」
「ふーんそうなんだ…」

もちろんリアルタイムで見ていたわけではないが繰り返し名場面としてテレビで流れていたシーンを思い出して、綱吉は骸との価値観の違いを再確認する。

「で、2匹の忠犬がどうしたんですか?」
「あーくだらないんだけど、山本が言うには『オレはハチ公、獄寺はパトラッシュなのなー』らしくって」
「なるほど。山本武は綱吉くんが死んでもじっと耐えて待ち続けるけど、獄寺隼人は一緒に死んでしまうと」
「いや、そこまでは誰も言ってないんだけど…」
「念のため言っておきますけど、僕はどちらにも当てはまりませんよ」
「だろうな」

全くもって馬鹿馬鹿しい。
そうブツブツと呟く骸を半眼で綱吉は見つめ返す。
綱吉は、そろそろ本当に時間的にまずいので仕事に戻りたくなってきていた。
愛銃を構える先生のイイ笑顔がリアルに脳裏に浮かんで身震いをする。

「骸、オレそろそろ仕事しないと…」
「君が先に死ぬ?そんな思いを味わうのは1度だけで結構ですよ」
「あ、はい、その節はすみませんでした…」
「別に謝って欲しい訳ではありません」

そう言いながらも骸の目は謝れ、と威圧的に綱吉を見返す。
綱吉の胃がキリキリと痛み出した。
目の前の危険人物と、後からやってくる人間の形をした劇物。
どちらの方がより自分にとって危険かを必死に計算する。

「一緒に死ぬ?二人そろって死んで何になるというのですか」
「そうですね…」
「今度君が死ぬような事があったら、精神世界だろうが死後の世界だろうがどこまででも追いかけていって引きずり戻します」
「…オマエなら実行出来そうで怖いよ」
「身体機能の1つや2つ失ったところで、いくらでも幻覚でカバーしてあげますよ」
「…オマエ、それは出来るもんな」

勝ち誇ったように微笑む、完璧に配列されたパーツを可哀想なモノを見る目で綱吉は見返した。
そんな綱吉の視線の意味を正確に理解した上で、更に楽しそうに骸は微笑みを深くする。

「…オマエ、本当にオレの事が好きなんだな」
「当然です」

ガチャとドアが開く音を聞きながら綱吉は深い溜息をついた。


こいつの愛は重すぎる。
(だけど心地よい重さなのはどうしてだろう?)

(2009.4.14)
フランダースの犬の話は本当です。…記憶違いじゃなければ。