こんな感じで初っぱなに沢田綱吉が死んでしまいます。
死にネタですが、正確な意味では死にネタにならないかとは思います。
噎せ返る程の花の香り。 イタリア中からありったけの花を集めたのではないかという程の、大量の白い花。 豪華な作りの棺桶。 その中にも引き詰められた、花。花。 そしてそこに眠るように横たえられているのは―。 骸は言葉を失った。 この世の終わり、なんて耳にするたびになんて陳腐な言葉なんだろうと思っていたけれどその言葉は嘘でも誇張表現でもなく実際に存在すると知った。そしてそれ以外、この状態を表す言葉は他にないと、知った。 沢田綱吉が死んだ。 数刻前に骸に告げられた言葉は残酷だった。 白蘭もミルフィオーレもないこの世界において、十年前の自分たちの未来において沢田綱吉が死んだとされるのと同じ年月に、沢田綱吉が死んだ。 どうして。 なんで。 沢田綱吉が死なないといけないのだろうか。 この世にはもっと不必要な人間がたくさんいるのにどうして、なんで、よりにもよって沢田綱吉が死ななければならないのかわからない。 神も仏も信じていない骸だけれども、それでもあまりの運命の残酷さに人ざらぬ存在を恨まずにはいられなかった。 誰かの命を持っていく必要があるのだとすれば、それは沢田綱吉ではなく自分ではいけなかったのだろうか? 沢田綱吉が死ぬ場面に再度遭遇するくらいなら、自分が死にたかった。死なせて欲しかった。 十年前、一人残された水牢の中で突如強引に与えられた『未来での記憶』。体験していない記憶が、全て生々しい実体験のように己の中に流れ込んできたあの感覚を骸は今も覚えている。 恨んでいるはずの、大嫌いなはずの相手(だけどそれは自分を誤魔化しているだけで実は誰よりも気になって仕方のない光の様な唯一絶対の存在だ)を十年後の自分が憎からず思っていて、そして二人の関係はそれなりに良好で暖かく生ぬるいものだと知ってしまった時の衝撃。 その相手を失った時に覚えた今まで感じた事のない喪失感。 虚脱感。 その怒りと無力感の中での、無謀ともいえる己の行動。 見たくも知りたくもなかった未来の自分の記憶に酷く悩まされ、翻弄された。 確かに、十年前に出会い自分よりも非力な人間に敗北した時から骸はその人間に対して興味と執着心を抱いた。 人はもちろん、物に対しても全く興味関心を抱かず一律に『自分とそれ以外』という認識しか持っていなかった骸の中に突如強引に入り込んできて心の真ん中に居座ってしまった人間。その相手に抱いた複雑な感情が何に起因するものなのか、どういった感情なのか当時の骸は知る由もなかった。その感情自体を知らなかったのだから仕方がない。 その未知の感情に未来の自分の記憶と経験が流れ込んできた事によって、突如それに明確な名前が与えられた。ラベリングがなされた。 好意。 未来の自分が彼に対して抱いていた感情は間違いなくそう名付けられていた。さらに、もっと先も指し示していた。 それは骸が生まれて初めて自分以外の人間に対して抱いた感情だった。 混乱したし、認められなかった。 自分が、六道骸がそんな人間らしい感情を持つだなんて誰より骸自信が信じられなかった。 だけど与えられた記憶はそれを拒絶する事を許しはしなかった。 素直にその感情を認めるのに、四年かかった。 その後開き直るのに、三年かかった。 それを告げるのに、さらに三年かかった。 ようやく。ようやく未来の自分においついた、そう思ったばかりだったのに、彼が死んだ。 記憶の中の虚無感なんて全く比べ物にならないほどの空虚さが骸を襲った。骸の中が空っぽになっていった。 まだ彼からの言葉は何も貰っていなかった。 それでも、あの六道骸が『人を思うこと』が幸せなのだと感じられるようになっていた。彼の感情が自分に向いていようがいまいが、ただ彼を大切に思える事が幸せだと思えた。 確かに、彼と過ごす時間は骸に安らぎを与えていた。 初めて感じる安穏な、時。 それを心地よいと思えること。 彼と過ごす一瞬一瞬が新鮮で、そして大切だった。 そんな彼が、沢田綱吉が、この世のどこにも存在しない。 比喩でも何でもなくただ事実として沢田綱吉がどこにも居ない。 目の前にあるのはただの沢田綱吉の形をした入れ物に過ぎない。 既にこれは沢田綱吉だったモノでしかない。そうとしか思えなかった。 これが沢田綱吉であるはずがなかった。 そう考えて骸はまた生まれて初めての感情を知った。 一人でいること、孤独でいることに対して初めて怖いと思った。 彼を知って、そして彼を失う事で一人の本当の意味を知った。 今まで一人が怖いなんて思った事はただの一度もなかった。 自分が一人だなんて考えた事もなかったのだから。 一人で居るのが当然だと思っていた。 取り残されてしまった独りというのはこうも怖いのか。 あまりの足場の不確かさに骸は為す術無く立ちすくんだ。 感情は凍りついて、棺桶の傍らで声を押し殺して涙を流す彼らの様に涙を流すことも出来ない。 一緒に泣けたら少しは楽になれるのだろうか? その答えは分からなかった。 『もし神様がいるのであれば、彼を僕の元に返してください』 無神論者の骸は生まれて初めて神に、祈った。 神でも悪魔でもいい。 もし本当に居るのであれば―。
「……くろ。骸!」 自分を呼ぶ声で骸は目を覚ました。 目を開くと、見慣れた天井があった。 自分の寝ている隣に懐かしい気配を感じると同時に、声がかかる。 「ようやく起きた。オマエがうたた寝するなんて珍しいよな」 「……さ、沢田綱吉?!」 「えっ!?」 思わず骸が勢いよく体を起こすと、ソファのすぐ隣に立っていた綱吉がその勢いに押され後ずさりをした。 「ど、どうしたの……?」 「いえ、あの、君、確か」 「ん? オレがどうしたの?」 いつもと変わらない綱吉のしまりのない笑顔。 先ほどまでの事は夢だったのかと思うが、それにしては生々しすぎる感情が残っている。額に脂汗がじっとりと浮かんでいるのを拭いながら骸は努めて冷静を装った。 「……夢?」 「怖い夢でも見てたの?」 「……君が、死んでしまう夢、でした」 そうだ、あれは悪すぎる夢だったのだ。 そう自分に言い聞かせながらふと綱吉の背後の窓を見て、心臓が凍りついた。 ―景色が、季節が、違う。 「えー。酷いよ、いくらなんでも人のこと殺すとか」 「……沢田綱吉」 「なに?」 「今日って何月何日、ですか?」 「え?」 おそるおそる聞いた骸を綱吉は怪訝そうな目で見る。しかし、特にそれ以上疑問に思うこともなかったのかあっさりと返事をくれた。 骸にとっては驚き以外の何でもない、返事を。 「今日は四月の……十三日だよ」 「四月……」 先ほどまで、確かに骸は十月十四日の世界にいた。 そこで綱吉を失った。 一続きの連続した現実の時間の中で、間違いなく十月十四日を生きていた。 あの時寝た記憶は一切ないので、あれは夢ではなく現実だったはずだ。あの喪失感と絶望感、この世の終わりを感じた感覚が夢だったとは考えにくい。 そして、あの時寝た記憶はないのにこうして目を覚ましたら半年分の時間が巻き戻り、綱吉が生きている世界が戻ってきた。 あの時と同じだけ真剣に今は夢ではないと言い切れる。 今は、夢ではない。 先ほどまでも、夢ではない。 そこから言える事は一体なんだろう。 「骸、寝ぼけてるの?」 綱吉が笑いながら、上半身を起こした状態の骸の頬に自然に手を伸ばしそして触れた。 温かく優しい綱吉の指先。 突如の事に驚いた骸は咄嗟にそれを振り払ってしまった。 骸に腕を振り払われた綱吉の瞳に一瞬驚きと寂寥感が浮かぶが、それはすぐに消え見慣れた柔和な笑顔が現れる。 「あ、ごめん」 「……いえ、こちらこそ」 綱吉との仲がある程度縮まったとはいえ、それはあくまでボスと守護者という関係の中でのことであり、こんなに気軽に綱吉から触れられた記憶はなかった。 ……やはり夢なんだろうか? そう考えるのが最も自然だった。 しかしその場合、今の平和な状態とその前の絶望とどちらが『夢』なのか、それが全く分からない。 「どうしたの? 最近そんなに任務詰めてたっけ……? ちょっと減らすように獄寺くんに掛け合ってみるから辛かったら遠慮しないで言ってよ」 誰に対しても優しい綱吉が優しく言いながら、骸の伸びた髪の毛を優しく梳いた。 やはり、おかしい。 骸の知っている綱吉は存外臆病なところがあった。さすがに綱吉自身からはそれはなりを潜めたけれど、使役している匣兵器にはそんな綱吉の臆病な性格が誇張された状態で反映されている事からも一目瞭然である。 そんな臆病な綱吉が一度骸に拒絶されたのにも関わらず、それに懲りずに再度手を伸ばしてくる。 それはとても不可解な事だった。 「沢田、綱吉?」 「なんだよー。そんな昔みたいな呼び方するなよ」 柔らかく骸の髪の毛を梳きながら、綱吉はとても自然な様子で骸の居るソファの少しの隙間に座ってきた。 密着する、身体。 おかしい。どう考えてもおかしい。 触れ合った場所がどうにも熱くてたまらない。 「本当にどうしたの? 怖い夢でも見た?」 唇がくっついてしまいそうな程の至近距離で綱吉が骸の瞳をのぞき込んだ。 からかっているのか? 骸を懐柔しようと演技しているのか? そもそもこの綱吉は偽物なのではないだろうか? そう思って反らす事なく瞳を見返すが、そこにあるのは純粋そのものの沢田綱吉の茶色の瞳だった。 「骸?」 「……勘弁してください」 状況が全く把握出来ない骸は思わず音を上げてしまう。 二十を越えて、さらに殺伐とした世界の中枢に身をおいてもなお純度の高いまっすぐな瞳が、骸のすぐ目の前でまん丸に見開かれた。 「何が?」 「この状況すべてが、です」 「骸?」 「沢田綱吉、いい加減になさい」 「……ねえ、骸」 「なんですか?」 「どうしてフルネームで呼ぶの?」 「はっ?」 目の前で首を傾げながら綱吉が言った言葉の意味が骸にはわからなかった。
こんな感じで初っぱなに沢田綱吉が死んでしまいます。
死にネタですが、正確な意味では死にネタにならないかとは思います。